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「#幼馴染」のBL小説を読む
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彼女の髪の毛は、黒い。俺のような闇のように黒い色ではなく、謂わば褪せた色。褪せた、というと枯れているようで彼女自身冷めているように思えてしまう。少し表現に語弊があるのか。
例えるならば、硯のような色だ。どこかの大岩から削り取った、黒というよりも褪せた墨のような色。灰色とまではいかないが、紺色とまではいかないが、黒とははっきりと言い難い、そんな色。
そんな彼女の細い髪が揺れる度、俺は目を逸らしたくなるほどに儚く感じた。








苗字名前は真選組が出来て二年経ったころにやってきた。


真選組を旗揚げしたものの、最初は誰もが未知の挑戦に言葉に言い表せないほど悲惨な状態だった。ただでさえ剣を扱えるだけしか取り柄のない喧嘩っ早い田舎侍ばかりなものだから、都会という環境から自分達を見るそのレッテルというものまで、多数の違いにうまく順応できなかった。
生活するのも一苦労。掃除洗濯食事諸々。分担が決まっていないし、やりたがるやつがいるはずがない。仕方なく目にとまったものはやるものの、日に日に元から綺麗とはいえなかった屯所は更に汚れていった。
二年経ち、なんとか最初に比べれば慣れたもののまだ不安定さが抜けきらない、まるでやじろべえのような状態で江戸にも幕府にもぶら下がっていたときだった。


松平公の気紛れなのか、見るに見かねてのことなのか、女中話が持ち上がった。これまで再三話はあったが、そんな予算もなく只でさえむさ苦しい男ばかりの所に護身すら出来ない女なぞ置いておける訳がなく、持ち出されては却下されてきた。
そんな時の松平公からの話だった。

「俺の部下だから手荒く扱ったら真選組ごとぶっとばしちゃうよォ」

相変わらず恐ろしいことをいいながら破壊神はやってきた。
松平公の部下だというその女は長い黒髪を一本にして垂らし、なんのとりとめもない着物を着ていた。女の髪の毛によく似合う、淡い暗い青色をした着物に白い帯をしめていた。
戸惑う近藤さんと我を通す松平公の話を、その女は我関せずとばかりゆったりと茶を啜っていた。

「刀を扱う仕事以外なら何でもできます」

そういう女は少しだけ低い真っ直ぐな声で、近藤さんを見ていた。

「だがなあ……名前ちゃんは若すぎやしないか」

見た目も年も俺と総悟の真ん中くらい。少し幼いくらいか。大人びているというより、達観しているような瞳を持っているが、それでも所々に幼さがまだ垣間見える。
そんな餓鬼が、一人入ってきていいものか。

「自分一人を守る程度なら何とかなります。それにこれでもこの人の部下ですから、あなた方よりよっぽど幕府に仕えた年数は上ですよ」

少しだけ微笑んで言う様は、他の女と変わらないのに言っている内容は厳しい。
松平公もこいつは言葉通りある程度のことは何でもできるから、事務でも女中でもなんでもさせてくれや、といって颯爽と帰っていった。







「決まったもんはしょうがねえ!ここにいるのは馬鹿ばっかりだが根はいい!遠慮なく何でも思ったことは言ってくれ!」

そう言った近藤さんは色々と最初は危ないだろうからと、何故か俺の隣の空き部屋に連れて行った。自分が何か言う前にとんとん拍子に決まっていくそれに、俺は口を挟む隙もなかった。
なかった、のではないのかもしれない。どういう対応をしていいのか分からなかった。まだ信用もされていない刀を振り回す芋侍の中にたった一人の女。いくら幕府の役人だといえども、俺より年下の餓鬼に何を言えばいい。俺よりももしかしたら近藤さんよりも上の立場なのかもしないこの女に、どう話せばいい。

「土方さん」

一通りの場所を説明し終わった後、近藤さんは用があるとかで部屋まで送れと言ってどこかに去ってしまった。
煙草を噛みながら黙って女の前を歩く。すると、初めて自分の名前を呼ばれ、息が詰まった。

「…なんだ」
「私のこと、気に食いませんか」

淡々とそういう女の表情を俺は知らない。
今日、俺は一度も目を合わせていない。

「そんなんじゃねェ」

ただの女中にそんなことを思うはずがない。

「大丈夫ですよ。土方さんが何を思ってらっしゃるか知りませんが、私は大丈夫です」

気づけば俺の部屋。悟ったかのように隣の襖をゆっくりと開け、一度ぱちりと目に焼き付けるように見ては今度は俺の方を向いた。

「ありがとうございました。これからよろしくお願いします」

ありきたりな言葉で深々と頭を下げた。
初めて目を合わせたその女は深い色をしていた。
後ろを向いたその時に見た、揺れた髪で気づいた。
俺は柄にもなくこの女を心配していたのだ。


title by 東の僕とサーカス
20130919