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焦点では出会うはずのないひと



「あ!今日は藤峰ちゃんなんだ!」
「……せめてさん付けしてください、萩原さん」


私の引き攣った笑みは、あまり人に伝わらない。どの笑みも、嘘くさいと言われた人生。明らかに引き攣った私の笑みを、彼はいつも気づかぬようにへらりと笑う。

早々に復帰した私は、まるで事件などなかったかのような生活を送っている。救急にいれば毎日が事件のようなものである。犯罪件率が圧倒的に多いこの街の、名前通り中枢を担う米花中央病院は、常に人に溢れ、この街の救急車の主要の受け入れ先になっている。
他の病院に比べても、圧倒的に受け入れ率が高く、その分人も比較的多いが、件数に比べれば人材不足はどこも同じである。米花中央病院で新人として働けば、他の病院の倍は経験値があがると言われるほどであった。

萩原さんは、腹部の怪我があり、2週間ほどの入院を余儀なくされた。また、足も罅が入っていたため、基本的に安静が絶対であったが、彼の気質のせいか、あっという間にありとあらゆる人脈関係性を作っていた。やれ看護師のだれだれさん、やれ医師のだれだれさんなど、関係のない小児科のスタッフまで、名前を把握して挨拶をしているものだから、驚いてしまう。
ただコミュニケーション能力が高いだけではなく、容姿も整っているものだから、スタッフもスタッフで、無駄に出入りは激しいし、廊下に出れば松葉づえをつきながら、女子と話している彼を見ては、本当に呆れてしまう。
人脈に疎い私でさえ、目に入るのだから、凄さが知れるというものだ。絶対に、働いている私よりも、知り合いが多い。


「あ、陣平ちゃんだ」
「ちゃん付けすんじゃねーよ」


私が当番で簡単なチェックを行っていると、入り口からスーツを着た男性が入ってきた。私はびくりとしたが、気づかないふりをした。
たわいもない掛け合いをしながら、入ってくる彼は、萩原さんと同様にすらりとした背格好で、萩原さんと同じくらい、病院のスタッフが色めき立っていることを私は知っている。


「よう」
「……萩原さん、数値も異常なし。経過も順調なので、このままいけば今週中には退院できますよ」
「まじ?やった」


喜ぶ彼を後目に、カルテに書き込んでバインダーを閉じた。すると、ぐ、っと、私の視界にふわふわした茶色の髪の毛が入って、思わずのけぞる。


「よう、って言ったんだけど」


至近距離で、覗き込まれるように、彼が私の視界に飛び込む。彼の顔の近さに思わず私は目を見開いて固まった。
いつの間にかサングラスを取っていた彼は、大きな瞳が私に向いて、整った顔が全面に映る。息が止まる。


「、こんにちは。松田さん。先日はどうも」


私は一歩後ずさって、にこやかに笑みを張り付ける。彼と開いた空間に、喧騒が蘇る。
私は一線を引いたつもりなのに、彼は、私の顔を見つめて目を瞬く。そして、ふわりと笑うものだから、調子が狂う。その綺麗な笑みを軽々しく他人に向けないでほしい。胸が痛い。


「覚えてくれてんじゃん」
「何が、」
「ナマエ」


彼の表情がなぜか嬉しそうに見えて、思わず息を呑んで何も言えなくなる。からかっているのか、本気で言っているのか分からない声で、手はポケットに突っ込まれたまま、綺麗な彼は私を見ている。


「…大人をからかわないで下さい」
「俺も大人だっつの。怪我は?」
「怪我?」
「頭の怪我」
「、大丈夫ですよ。おかげさまで」
「そっか」


少しだけ息を吐く彼に、端的でぶっきらぼうなのに、まるで、私のことを心配しているみたいに安堵したようにみえて、愚かな考えを打ち消す。
私はこの場にいられなくて慌ててバインダーを持ち直した。入り口の方を見ると、嫌な目線をして私たちを見る、正確には私を見る女性スタッフの姿が見えて、私は一気に現実に戻る。


「では、これで」


萩原さんに声をかけて、笑みを引き直す。私はそそくさと部屋を後にした。その後ろ姿を見つめていた彼のことなど知らないまま。
部屋を出るとき、近くにいたその女性スタッフたちに悪態を吐かれたことなど、私は全てを捨てていく。






「……で、今の何?!どういうこと!?陣平ちゃん説明!?」
「うっせえな、」
「空気になってあげた俺に感謝してよ!?」


彼女と入れ替わりで部屋に入ってきた、こいつ目当てでくる女性スタッフが目障りだった。萩原が笑顔で追い払うが、それでもきりがない。相変わらずである。俺がそちらを見遣ると、女は引き攣って後ずさる。
萩原がフォローしながら「仕事の話があるから」と追い払った。


「で、陣平ちゃんがあんな構うなんて何!?まさか惚れたとかじゃないよね」


萩原はぺらぺらと言葉を連ねて一人で勝手に盛り上がっている。差し入れを乱雑に棚に置いて椅子に座った。


「……ワリイかよ」
「まぁじで?!?!本気?!」
「うっせえよ」


口をぱくぱくさせている萩原の間抜け面にむかついて、肩パンしても、こいつはびくともせずに俺をぽかんと見てくるものだから、差し入れに買った缶コーヒーをむしゃくしゃして開けた。
どこも痛がらないこいつはもう全快ではないだろうか。


「まじか…あの松田が…まじか…」
「あークソ、お前もう何も言うな。忘れろ。めんどい」
「なんでよ!陣平ちゃんに春が来たんだよ!?女なんてめんどいって言ってた陣平ちゃんが!?赤飯じゃん」
「マジでうっせえ。黙れ」


睨むと流石に黙ったが、それでもにやにやと生ぬるい面をして、俺を見るもんだからコーヒーをぶっかけてやりたくなる。ぐい、と缶コーヒーを飲み干す。
こいつはこういうやつだった。何とも言えないぬるい目線が痒い。女子みたく色恋沙汰に目がないのだ。


「てか、事件の話をしに来たんだよ」
「ああ、犯人は…」


流石に、事件の話を持ち出せば、萩原も真剣な顔になる。
結局犯人は捕まらず、捜査は打ち切られそうになっている。俺にとっては腹立つことでしかない。


「でさあ、」
「なんだよ」


話が一通り終わりかけたときに、真剣な表情のまま萩原が言う。


「藤峰ちゃん、噂では男女問わず鉄壁鉄仮面ガードらしいから、お前頑張れよ」
「…おっまえ、そんな下らねえこと聞く暇あるんなら今すぐ仕事しろ馬鹿!」
「大事じゃん!俺が色々聞いてあげるからさ!」
「余計なことしなくていんだよ!」
「えー?俺が藤峰ちゃんの秘密の休憩場所知ってるって言っても?」
「……なんで知ってんだよ」
「それは俺が藤峰ちゃんのマブ友と仲良くなったから」


けらけらと面白がった顔で俺を見るそいつの顔が、完璧に俺で遊んでいて、無意識に眉間に皺が寄った。


「ッち」
「陣平ちゃん舌打ち良くないよー?」
「っおまえなあ、まじで」
「分かった分かった、別棟の屋上。今は使われてないらしいし、ちょっと行きにくいからほとんど誰もいないんだってさ」
「……」
「春だねえ」
「ほんとおまえ、覚えてろよ」


相変わらず、こいつの方が浮かれて腹立つ表情をして俺を見るもんだから、思わず肩パンをしたが、こいつはただけらけらと笑うだけであった。
やはり、今すぐにでも復帰できるだろうが。



20221021
title by Bacca