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余熱で頬も焼けてしまいます



目を覚ますと、そこは見慣れた白い天井で、私は目を瞬いて、すぐに慣れたように近くに置いてあったナースコールのボタンを押した。恐らく先輩がそこにおいてくれたのだろう。
すぐにやってきた先輩の医師たちは、私を見て溜息をつきながらてきぱきと問診をし始めた。体は若干打ち身で痛いが、頭を切っただけでそれ以外の部位は特に問題がなかったらしい。適当に湿布を張っておけば時間が治してくれるだろう。一番大きな怪我だった頭も、幸いにも軽い脳震盪と切り傷だけで、検査は特に異常なし。念のため、2日間は検査入院だが、それ以外は特に問題ないらしい。流石に3日目は有給消化の許可が出たが、4日後には働いているのかと思うと少しだけ現実逃避したくなった。


「というかあんたも災難ねー。まさか当直明けで爆睡してたところで逃げ遅れなんて」
「意外とそういうところ藤峰先生抜けてますよね」


可愛がっている先輩と同期の看護師が、笑いながら私の点滴や頭の怪我の様子を見た。
検査をしながら、状況を教えてくれる。私を誘導してくれていた爆弾処理班の彼も、特に問題はなく処置が終わり、足に少しの罅が入り、腹部は縫製をしたが、特に問題ないらしい。無理に動かしていたら内臓を傷つけていたから、あの場に私がいて助かったよ、と言われた。私は、へらりと笑ってその場を流した。


「いて、いや、まさかですよ……」
「まあ、せっかくだからゆっくりしなさい。どうせすぐ働かされるんだから」
「はーい……」


ほんの数分で、彼らは帰り、部屋は静かになる。私は、静まり返った部屋を確認して、大きなため息をついた。
少し寝て頭がはっきりしたのか、目が冴えている。

まさかのまさかだった。当直明け、しかもそれまで急患が立て続けにあり、休憩がほぼ取れていなかったため、疲労はMAX。そりゃあ、昼過ぎまで寝ているものである。なんだか騒がしいな、と思って起きて、ラフな格好のまま玄関を開けた際に、私がいた部屋は、爆弾があった部屋の近くだったらしい。その場にいた機動隊の皆さんに白目をむかれ、その中で軽装で下っ端らしい彼が私の避難誘導に駆り出されたのだった。
まだ半分頭が働いていない状態で、彼に手を引かれておりながら、途中から目が覚めてきた私は、恐らく私より年下で、きらきらしている彼に、なぜそんな軽装なのかと問い詰め、その答えがまたあまりにも調子に乗った回答だったものだから、途中から説教みたいになっていた気がする。
爆発物処理班の人間が防護服を着ていないとは何事であるか。

結果的に、爆弾は遠隔操作にて爆発し、私と彼はふっとばされる。今思えば、よく生きていたものである。
彼も完治する怪我でよかった。本当に。職業柄、酷い怪我は何度も見てきたけれども、たった一瞬で大きく人生は変わり、また人は死ぬ。私自身も。
目を閉じて、大きく息を吐いた。

そういえば、と目を開く。同期の看護師がさりげなく置いてくれた袋があったではないか。ゆっくりと頭に響かないように起き上がる。ベッドサイドに背中を預けて、私は机に置かれたコンビニの袋を覗き込んだ。付き合いのある彼女のことであるから、案の定、私の好物を入れてくれていた。
コンビニのシュークリームの袋を開けて、私は、大きな口を開けて頬張ろうとしたところだった。

ガラリ、と部屋の扉が開いたのである。正確に言うと、ノックの音も聞こえたのだが、どうやって叩いたのだというくらい、ノックの音と同時にがらりと部屋の扉が開いた。ノックの意味をなしていないではないか。私は思わず、その状態のまま、固まってドアの方を見た。

そこには、機動隊の制服を着た、見知らぬ男がいた。サングラスを胸元に引っ掛けた若い男だった。私は思わず目を見開いてそのままその人を見る。
その人も、私がシュークリームにかぶりつくその瞬間に立ち会うとは思っていなかったのだろう。思えば、頭を包帯とネットでぐるぐるになった女が、シュークリームを食べようと口を呆けているなんて、間抜けな光景を見た彼は、部屋に入ってくる気配もなく、ドアのところで佇んでいた。


「……」
「…あ、ワリイ」
「いえ、いいんですよ、すみません。こちらこそ」


彼がドアを閉めようとするのを、私は引き留めて、袋の中にシュークリームを落とす。中途半端に食べていなくてよかった。
やっと動き始めた頭で、彼は恐らく彼の仲間であっただろうから、事情聴取か何かかと私は想像していた。


「……そうか」
「はい、事情聴取、ですかね」


私は、ベッド付近の椅子に彼を促した。彼は、その椅子に座って、サングラスを取るとじっと私を見つめた。私は若干首を傾げ、彼を見つめる。あの萩原さんといい、今時の警察官はイケメンしかいないのか。彼と同じような年齢で、鋭そうな瞳の割に、若干童顔な顔があどけない。
私は思わずその綺麗な顔を見ていられなくて、目を落とした。そして、手に持ったままだったシュークリームの袋に気付いて、慌てて棚の上に置いた。
それを見ていた彼は、なぜか、ぷは、と噴き出して笑った。彼の笑い方が少しだけ幼くて、私は目を瞬く。緊張していた空間が霧散する。


「あっははは、別に食っててもいいぞ」
「すみません。医者がこんなで」


逆に身内ではなくてよかったかもしれない。仲が良くない医師や看護師だったら、何を言われたかわかったもんではなかった。
私がつい謝ると、彼は真面目な表情になった。


「あんたは今回被害者だろ。いくら職業柄慣れていたって、自分が当事者になったら違うだろ」


彼のその言葉は、私を助ける側の医者ではなく、脇役ではなく、当然庇護されるべき対象として見ていた。思わず、目を見開いた。そして、私が今更、無意識に手のひらが震えているのに気づいたのだった。
それなりに、怖かったのか、私は。
膝の上で、ぼんやりと他人事のように細かく震える手のひらを見ていたら、そこにぎゅっと他人の手が割り込んで、強く握られる。温かな、血の通った人間の手だった。
思わず、顔を上げると、彼が真剣な顔でこちらを見ていた。あまりにも綺麗にな瞳でこちらを見るものだから、私は逆に目を逸らせなかった。


「あんたのおかげで、萩原は助かった。感謝してもしきれない。本当に、ありがとう。そして、あんたにも、怖い思いさせて悪かった」


私の手を握ったまま、頭を深々と下げる彼の後頭部を見つめた。私は目を瞬く。病室の白が眩しい。彼の真摯な感情が、眩しい。


「あなたが、謝る必要はないですよ。寧ろ、助けてもらっているのはいつも私たちの方です」


彼は、おもむろに顔を上げて、私を見た。相変わらず、彼の瞳は、綺麗な瞳をしていた。ぶっきらぼうな口調で、少しだけ威圧感があるけれど、本当はまっすぐな人なんだろう。そうでなければ、わざわざこんなことを言えるはずもない。
彼は、少しだけ目を見開いて、私を見ていた。


「……そう言ってもらえて、冥利に尽きるな」
「私もです」


ふわりと綻んだ彼の表情に、目が瞬いた。
彼は、ふと気づいたように、握りっぱなしだった手をどける。温かさが残る。彼を見ると、耳が真っ赤で、思わず、私も恥ずかしくなる。勿論、そんな下心などないとはわかりきっていたけれども、手慣れた人のように見えてしまっていたが、まさかの純情派なのだろうか。思わず、学生みたいな気持ちになる。


「あ、そういや、俺、名乗ってなかったよな」
「あ、私も、名乗ってなかったですよね」
「あんたの名前は知ってるよ」


私は思わず首を傾げたが、爆発に巻き込まれた被害者である。恐らく名前は警察にも通達されているのだろう。勝手に自己解決をしたところであった。


「26歳女性。藤峰ナマエ。米花中央病院救命救急センターの救急科医、だろ」
「ま、さか」
「ばっちり、無線で聞かせてもらったぜ」


かっこつけみたいな言い方を彼がするものだから、思わずかっと顔が赤くなる。そんな風に聞こえていたとしたら、とんだ恥ずかしい野郎である。
彼は立ち上がった。


「なっ、」
「すげえかっこよかったぜ」
「いま、すぐ、忘れてください…!」


にやりと笑って言う彼に、私は頭を叩いて、脳震盪を起こさせたくなってくる。これ以上、恥をさらしたくない。


「というか、あなたこそ、誰なんですか!?」


最早、自棄であった。いつもの仕事モードの自分からはまるきり狂わされていた。


「俺は22歳男性、警視庁警備部機動隊爆発物処理班の松田陣平。覚えとけよ」
「……は?」


まるきり、私のあの文言を茶化した言い方で頬が熱くなる。
覚えておけって、こいつは何を言っているのだろう。今更であるが、なんでこいつは初対面でため口で、私はなんで敬語なんだ。こいつの方が年下ではないか。


「あんたとは、長い付き合いになるだろうから」
「は?」
「じゃ、またな」


彼は、意味深な視線を残して、部屋から去っていく。私は思考回路が停止したまま、去っていったドアを見つめていた。
暫く、フリーズしたまま、私は、目を瞬いた。


「は?!?!?何あれ?!?!こわ!?!?!」


布団を覆いかぶせて、必死で脳を思考させる。今起こったことは夢だったのか何だったのか。というか、どういう意味だったのか?それすらも、正確な意味を理解できているのか、判断がつかない。

ひとまず分かったことは、彼を純情派だと思った私の判断は、完全に誤りだったということである。


20221016
title by Bacca