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呼吸、指先、それから檸檬味



春眠暁を覚えず。この言葉を読んだ何年も前の中国人も、現代人も思うことは一緒。結局人間は文明が発達したとしても人間自体はあまり進化していないのだろう。
からりと晴れた空。夏とは違う真っ白な太陽が燦々と降り注ぐ。それはじりじりと肌を焼き、植物を活性化させる。ニュースでは気温と一緒に花粉情報が並ぶようになった。
いつものように朝ご飯を食べ、通学路を歩く。自転車でひいひい言いながら坂道を登る後輩を前に見ながら、歩く。
学校に入れば、いつもと同じ時間についたはずなのに人が多い気がする。教室に入れば、女子がそわそわと集まっているし、男子も男子でバカ騒ぎが過剰な気がする。お互いがお互いを気にしているみたいだ。


「よう、苗字」
「……仁王か」


驚いて後ろを見れば、銀髪の長髪を後ろで結ったクラスメートが立っていた。
自分の机に座って引き出しに教科書を移す。


「今日はホワイトデーじゃからの。女子がうるさくてかなわん」
「仁王は返したの?」


うんざりとしながら仁王が私の前の机に座る。ちらちらと教室の外からも視線が仁王に注がれているのが分かる。


「あんな大量に返せるか。俺はかえさんぜよ」
「薄情だね。女の子が泣くよ?」
「頼んで貰った訳ではなか。勝手に渡された身にもなれってもんじゃ」


確かに仁王が貰った分を返そうとすると、何十人と用意しなければならないだろう。ましてやお返しは三倍で、なんて到底無理だ。モテる男はある意味辛い。


「でも柳生とかは返すでしょ」
「あいつは紳士じゃからのう。律儀なやつぜよ」


めがねをかけてくいっとあげる茶髪が思い浮かぶ。きっと一人一人丁寧にお返しするのだろう。


「丸井はきっと返さないねー」
「ブンちゃんが食べ物あげ始めたら次の日は嵐ぜよ」


食べ物には目がない丸井は普通の日でも当たり前のように人から食べ物を貰っている。お調子者の性格だから、女子も女子で嬉々としてお菓子を分けあえるからいけない。だからブタとか言われるんだ。


「そいや、お前さんこそ幸村に渡したんじゃろ」
「あー…。無理なんじゃない。名前書いてないし」


一月前、女子があからさまに浮き足立つ中、私も密かにチョコをあげた。直接あげようとかいろいろ思っていたけれど、結局自分のチキンさに勝つことは出来ず、笑顔でほかの女子から貰う幸村を見ては、彼のジャージに隠すことしかできなかった。
 

「は、名前書いてないのか」
「…うん。書き忘れた」
 

仁王が私の方を向いて盛大に溜息をつく。


「さすがに神の子でもお前のやつが分かるはずないじゃろ」
「まあ幸村には渡せただけいいってことにするよ。気づいてたら気づいてたで、どうせふられるだけじゃん」


何か言いたそうな顔をしながらも、ちょうどなったチャイムに合わせて先生が入ってくる。後ろを向いていたものの、結局何も言わず前を向いた。




そのまま何事もなく一日がすぎた。
義理チョコを渡していたわけでもないから、誰からもお返しは貰うことはない。友達が彼氏からこれみよがしにプレゼントを貰ってきたときは恨んだが。


「そんな私の前でひらひら見せないでよ」
「いいじゃーん。幸村くんからもらえるんでしょ?」
「んなわけないでしょ。てかいいの?そろそろ時間じゃない?」
「うっわ、やばいありがとう!私は告ってもいいとおもうけどね」


反論しようと口を開けば、すでにドアから走り出ようとしていた。今から友達はデートらしい。空しさを抑えこんで鞄を肩にかける。日直だったため最後だ。日が傾き始めた窓の鍵を閉めて電気を消す。廊下に出れば誰もいない。三年生が卒業して、あまり関わっていなくても何となく人口密度的に寂しく感じる。教室を出ようとドアを開けようとしたら、手をかける前にドアが開いた。


「良かった、まだいた」


黄色のジャージを着て、少しだけ息を切らした幸村がそこにいた。蒼い髪をふわふわと揺らして真っ直ぐな瞳を私に向ける。驚いて声も出ない。なんで、違うクラスの彼がここにいる。


「ゆ、きむら。部活は?」
「抜け出してきたんだよ」


見れば分かるだろうとでもいうように、堂々として入ってくる。外にでるタイミングを逃して彼をみる。


「苗字」


突然呼ばれてびっくりする。


「な、なに」
「今日ホワイトデーだろ」


淡々と言われる。彼の一言一言にびっくりする。そんなことを言われたら期待してしまう。


「そ、れがどうしたの」


私のチョコは気づかれていないはずなのに、彼は不機嫌そうに眉を歪ませた。


「苗字、ジャージに隠しただろう」
「!なんで、」
「わざわざジャージに隠して名前書かないバカなんてお前しか思いつかない」
「ば、ばかって…」


顔を俯く。気づかれていないと一ヶ月間思い込んでいたなんて、そっちの出来事の方がバカだ。私はばかだ。


「だから、お返し」


いつの間にか私の近くに来ていたらしく、幸村の声が近くに聞こえる。


「苗字、好きだよ」
「……へ?」


俯いていた顔をゆっくりあげる。今聞いたフレーズが頭の中で解析しきれていない。


「相変わらず頭弱いな」


ひどい!と口を開こうとすれば、幸村の顔がどアップで、女のように綺麗なきめ細やかな肌が視界を覆う。と同時に唇に柔らかな感覚が走る。


「…え、え、な、え、キス?」


そうわたわたすれば、はあと溜息をつかれて手を捕まれる。あっという間に引かれたそれはそのまま、身体がふわりと抱き留められた。


「返事は?」
「へ、返事って」


ぎゅっと力を込められて心臓が痛い。ばくばくと音がするのは本当だったのだ。自分の心臓の音がうるさい。


「俺、直接言われてないんだけど」


肩越しに感じる雰囲気で拗ねているようだ。ふわふわな髪の毛が頬に当たってくすぐったい。


「……す、好きです」


かろうじてつぶやいた声に、何の反応を示さない。もしかして聞こえていなかったのだろうか。でも、ちょうど耳近くになるはずなのに。
顔をよじって彼の顔を見ようとすると、ばっと手のひらで肩に顔を押しつけられる。


「、見るな」
「…もしかして、顔赤い?」
「……うるさい」
「……幸村かわいい」
「…キスで顔真っ赤にしてた名前に言われたくない」
「なっ、それは幸村が突然するから!」


思わず離れて顔を見ようとしても、腕は解かれることはない。所詮男と女の差だ。全然動かない。


「…ていうか、名前」
「いいだろ、これから彼女なんだから」


改めて言われた自分の立ち位置に顔に熱が集まる。


「赤くなってる」
「…幸村のせいだからね」
「これからお前を赤くさせるのは俺だけでいい」


その言葉を聞いて絶句した。なんていう殺し文句をこの人は平然と吐くのだろう。女の私より何倍も綺麗な顔をしているくせに、恐ろしい。
それでも、温かな体温はきっと今はわたしのもので、わたしの体温も彼に伝わっていれば、それだけで私は幸せになれると思った。





(…なんで私のチョコって分かったの)
(分かったんだよ)
(神の子幸村でもわかんない、って仁王が言ってたもん)
(……たまたま入れてるとこ見たんだよ)
(うそ!なんでそのとき言ってくれなかったの…私ばかじゃん………)
((嬉しくて顔赤かったから前出られなかったなんて言えない))


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