06

名前の家からそっと出ると、マントを被って銃を背負い直した。
今は名前を一人にしておいたほうが良い気がする。きっと、あの男は戻ってこないだろうし、今から追いかけて殺しに行っても怪しまれるだけだ。

そんなことよりも…と、思わず、自分の右手をまじまじと見てしまった。
…正直、あの時にただカッとなって叩いたのか、軽率な行動を諫めようとしてあえて叩いたのか、どちらか覚えていないくらいに頭は真っ白だった気がする。それがどうしてなのか、思い当たったのは名前に精一杯睨まれて「私のこと助けようとしてくれてた」なんて言われてそれに気づいてからだ。

あの時、名前の家に戻る途中で、鳥が飛ぶ気配を感じて双眼鏡を覗いて辺りを見回していると、目に入ったのは俺と同じ第七師団の軍服の男だった。名前が出てこないので下っ端なのか知らないが、その男はよりによって名前の家の前で何やら押し問答している。
一気に背中が冷えるのを感じたのは、男が名前の肩に手をかけて、身体を寄せるのを見たその瞬間だった。

もし、俺があの家にいることが気づかれたら、というよりも、それを隠そうとした名前が殺されることのほうがまず真っ先に頭に浮かぶ。あいつなら、無駄な意地でそんなこともやりかねないというのは、ここしばらくの同居生活のおかげで否が応でも想像できた俺は、気づくと銃を構えていたのだった。
だが、この時までは、至って冷静だったとは思う。

その後、銃を構えた俺がいることに気づいた様子の名前が、まるで俺が撃つのを辞めさせるかのようにさり気なく男との間に割って入ってから、頭は真っ白だ。
どういうつもりなんだよ、という怒りと、そんなくだらないことで…俺に撃たせないというそのことだけで、あの下っ端一等卒に不審がられて自分がどうにかされたらどうするんだという焦りで。

結果、名前が何を言ったのかは知らないが、不審がる様子もなく男が離れていったのを、未だ銃を構えながら見送ってから、猛スピードで家に向かって歩き出していた。その勢いは名前の顔を見てからもさらに続いて、結果、じんじん痺れているのはこの右手。というか、まだこんなに痺れているというということは、あいつも相当痛かっただろうな、と今更ながら思い当たって、思わずその手をぎゅっと握りしめた。

…それにしても口が達者で扱いに困る、と、今度はふと苦い笑いがこみ上げる。
かつての仲間なのにどうして、とか、なぜそんなにすぐ殺せるのか、とか、きっとあいつも混乱しているだろう。
そんな中でも名前が自分のほうを正当化して、「人を殺させなかった私のほうが正しい」なんて言われていたら、薄っぺらくて本当にあいつのことをどうにかしていたかもしれん。

しかしあいつが発した言葉は違った。私が悪うございました、くらいに半分怒って返してきて、挙句の果てには文句ありますか、とくるその言葉を思い出すと、今更ながら笑ってしまいそうだ。さらに、善だの悪だのお前が決めてくれるな、どっちだとしてもやりたいようにやる、くらいの言葉にも。
思わず口元に手をやって上がりそうになる口角を抑えると、「あいつ、どこまで察してるんだ」と独り言が出てしまう。それは俺の目的とかそういうことではなく、俺の思考というか心というか。

しかしながら、強気なその態度と同時に目に浮かぶのは、水場の縁に手をついて立ち尽くす名前の横顔。
それはひどく悲しく切なそうで、今更その手はぶるぶると震えていて、なんだ、お前やっぱり怖かったんじゃねえか、と笑いながら声をかけようとして、やっぱりやめてしまった。
その目尻が少しだけ濡れて光っていたような気がして。

一人にしたほうがいいと思い外に出る間際に、「ここに帰ってくる」と言い残したのは、これ以上不安な思いをさせないほうがいいんじゃないか、という少しだけ甘ったれた感情からだった。別に、帰ってきてほしいと名前が思ってるかどうかなんて知らないが。

あいつのことだから、帰ったらいつも通りの名前になってそうだ、なんて思いながら、並んで飛ぶ二羽の鳥に気付いて素早く標準を合わせた。土産くらい持って帰らないと、機嫌は直らないかもな、と。
当然一発で仕留めたその二羽を引っ提げて名前の家に戻ると、やっぱり思ったとおり、何にもなかったかのように笑顔で俺を迎える名前がいたので、その頬に未だにほんのり残る赤みに思わず目を伏せてしまったのだが。




その翌日から、名前は熱を出して寝込んでしまった。


その日の朝、起きてふと横を見ると、赤い顔で苦しそうに息を吐く名前が涙目でこちらを見ていたのでガバっと起き上がる。

「…どうしたんだよ」

思わず額に手を当てて温度を確認すると、その熱さにギョッとした。高熱だ。

「…なんか、風邪…ひいたかもしれないです」と掠れる声で言う名前が、たはは、という感じで力無く笑うので、「お前、昨日あんなに怒って頭に血が上ったんじゃねえのか…」なんて呆れて返すと、「そうかも」なんて囁いて、そのまま疲れたように目を閉じるが、笑えない冗談だ。

首元に手をやって、脈と呼吸を確認した後は、とりあえず何か冷やすものを…と考えて水場に向かう。そこには、たらいの中の水に入れられた布がもう用意されていて、なんだこりゃ、都合いいな、なんて考えてそのまま水だけ替えて持ってきたが、名前の額にそれを乗せる時に、それが昨日まで名前の左頬を冷やしていたものだったのだと気づいて、心臓がツンと突き刺されるようだった。

額に布を乗せられた名前は少しだけ楽になったようで、呼吸が落ち着いてくる。
「すみません…最初の頃と逆になっちゃいましたね…」なんて片目を開けて悪戯っぽく呟く名前の唇に親指でそっと触れて、静かにしてろよ、と無言で促した。

そのまま水に触れていた冷たい手で、首元を触ってやると、気持ちよさそうに目を閉じる名前。手をずらして、もう一度額へ。そしてそのまま右の頬へ。
左の頬は、未だに直視できなくて、無言で通り越した。

それに気づいているだろう名前は、少し口角を上げるだけで何も言わなくて、そんな名前を見ていたら、「しばらく出かけないで家にいてやるよ」なんて言葉が自然と出てきて自分でもびっくりする。
目を閉じたまま少しだけ笑った名前は、ご飯作れるんですか?なんて小さな声で囁いている。
「…俺軍人だぞ。食べられるものは作れる」と返して、そっと布団を首元まで上げてやった。

別に懺悔ってわけじゃないが、ここ最近俺も外にばっかり出ていた。姿を見られないようにするためにも、しばらく休憩するかな、なんて考えて、名前の額の布をひっくり返したのだった。

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