06

***
ふっと浮上する意識。
目をつぶったまま大きく息を吸って、ゆっくり吐きながら薄く目を開くといつも見慣れた天井。いつもの自分の布団にひとりで横たわって、眠ってしまっていたようだ。

身体の節々が少し痛み、腰はずんと重い。
布団の中で足をぐっと伸ばして前後に泳がせると、素肌に感じる布団の感触で、記憶が鮮明に蘇ってくる。
ああ、さっきまで尾形さんと…。 

いろいろ思い出してしまい、カッと顔が熱くなるが、布団をちらっと捲って、いろいろ…確かめる。
一応、寝間着の浴衣を着せられていたので裸ではない。しかし、何だか色々、恥ずかしいことがあった気がする。

そう、初めは尾形さんからの別れの言葉だった。
分かっていたけど寂しくて、ワガママに抵抗して、声を荒げられて。

尾形さんのあの声を思い出して鼻の奧がつんとなる。きっと、切り出した尾形さんが一番つらかったたろうに。

まあでも、なんだかんだで尾形さんの本音を聞けたんだった。

………いや……本音だよね……?

私の望む未来を作ってやれない…とかいうやつ。
うん。そうそう、それで、…ということは私との未来を真剣に考えてくれたということで………嬉しくて…

はて。

顎に手を当て考える。

改めて考え直すと、それって本当なのだろうか。
私が、かなり都合よく解釈しただけなのでは?もしかすると、尾形さんとしては、ただ傷つけずに別れるための方便だったのでは?

急激に立ち込める不安に、サーッと青くなってしまった。
感情的な自分と、客観的な自分が、思考を右へ左へ引っ張り合ってぐらぐら揺れる。

でも、でも、なんだかんだで尾形さんは一緒に来るか?って言ってくれて、それで一緒に布団に行って、二人抱き合って、そして今、…………尾形さんはどこ?

目が覚めた時の体勢のまま、目線は天井に、左手だけ横に伸ばして布団を探ると、そこには冷えた布団の感触。人がいた温度はない。

…いない。


(男ってのは出すもん出すとそうなるのよ……)と何時か言っていた尾形さんの言葉が蘇る。

いやいやいや待って………いない?いなくなった?
でも。でもでも。
記憶の頁を逆回しで速読しながら必死にそんな不穏な考えを否定する記憶を探し出す。

私の名前を呼びながら果てたその瞬間の切なそうな表情。優しかったり意地悪だったり色を変えるその指先。低く囁いて私の理性を吹き飛ばすその声。
そして、柄になく優しく私の指先に丁寧に口づけたその唇。

左手を目の前に掲げて、まじまじ眺めて優しい口づけを思い出す。初めは小指。だんだんずらしていってすべての指に触れたあとは手の甲に優しく口づける。そして最後に手首に口づけながら、私を流し見るその色気たっぷりの瞳。

「…ふっ…ふふふ…」

思わず幸せな笑いがこぼれ落ちる。
あっさり塗り替えられた感情はもう全てが尾形さんの色。布団をぎゅうっと抱きしめてニヤニヤしながら左側にコロリと転がると、

「うぎゃあっ!」

思わず無防備な悲鳴が出てしまう。

「…色気の無い悲鳴だな」

呆れ顔の尾形さんがそこにいた。
寝るときの浴衣を軽く羽織って、腕を組み胡座をかいて壁に寄りかかっている。床には徳利とお猪口が置いてあり、どうやら私が眠っている間、一人で一杯やっていたようだ。

「起こそうかと思ったのだが、お前が百面相を始めるからつい面白くなってな」と、お猪口を持ち上げ、くっと一口。

「そ、それはそれは…」

カーっと赤くなる顔をパタパタ手で扇ぐ。
ああもう。これだから。

鈍く痛む身体を宥めてなんとか起き上がって座り、乱れた髪と浴衣を直す。さて、と身なりを整えたところで、特に会話も始まらず、なんだか、お互い気恥ずかしいような空気が流れるばかり。

…あ、この空気、無理。

コホン、と咳払いをひとつして、座り直して尾形さんを見つめる。改まった私の様子に、尾形さんもなぜか座り直してお猪口を床に置く。

すうっと息を吸い、まっすぐ見つめ合い、一言。

「あの、尾形さん、」
「………ああ。」
「…………………………………………あの、」
「……」
「………………………………………………………」


……
………。


「お前っ、何か言えよ!何か言う空気だろう、今のは…!」

長すぎる沈黙に耐えきれなくなった尾形さんが盛大に合いの手を入れる。だって、だって……なんだか…!

「あははは‥」と、へらへら誤魔化す私に、尾形さんはふう、と深い溜め息をひとつ。再びお猪口を口元に持って行き、今度はかっ、と残っていたお酒の全てを空けた。
こ、怖い。

「そ、そういえば尾形さん、少しは眠って休めましたか?」と話題を転換。
床に置いた徳利とお猪口を交互に見やって、そう切り出す。何杯か、飲んでいるみたいだ。

「いや……寝ていない」と目を伏せる尾形さん。
「……お酒飲んでたんですか……?」と返すと
「…まあ、そうだな。」と濁すような言い方。

まさか私、鼾などかいてたのではないよね、と冷や汗をかいてしまうが、返ってきたのは意外な言葉だった。

「正確に言うと、眠れなかった。……寝て、目が覚めてお前が居なくなっていたらどうしようかと思ってな」

そう、伏し目がちで呟く。

胸が…締め付けられた。
私を寝かせたあと、目が覚めるまでの数時間、一人で動かずに、枕元で私の寝顔を見つめる尾形さんを想像する。

無くしたくない、失いたくないというその気持ちが確かに尾形さんの中に芽生えている。それは、尾形さんのいう「欠けている部分」から生まれるものに違いない。

目頭が熱くなってくる。それは、幸せゆえに。

予想外に自分の気持ちを素直に吐き出してしまったことに気づいた尾形さんは、照れ隠しなのかぶっきらぼうに私を攻める。

「……で、お前はどうなんだ。助平な顔してニヤニヤ眠っていたのは分かるが、青くなって慌てていたぞ」

私を苛めて攻守交代したい尾形さんの思惑は、見て見ぬ振りをしてあげる。その代わりあなたの罠にかかったふりして私からも攻撃。

「それが、奇遇なことに私も同じなんです」
「…は?」
「さっきのことが夢だったらって、目が覚めて尾形さんが居なくなってたらどうしようって私も不安になったんです」
「…阿呆。そんなことあるか。」

あ、嬉しそう。

「…こっちに来てみろ」

そう言う前に私を引き寄せてすっぽり腕の中へ。ぎゅうっと抱きしめて、ここにいるぞと言うかのように優しく胸に抱き寄せてくれるので、暖かいその胸に手を置き、胸一杯に尾形さんの匂いを吸い込む。

「…でも、ヤッパリそんなことありますよ…。だって、『男は出すもん出すとそうなるのよ…』って先人が言ってましたし…」と、意地悪く口を尖らせて呟くと、ゲホっと咳き込む音。

「馬鹿、阿呆。先人って何だ」
「まあ、尾形さんのことですけどね…」
「そんなこと言っとらん」
「えー言いましたよ…」

尾形さんは珍しくむきになって反論。
あ、少し楽しい。尾形さん私を苛めるときこんな感じなのかしら…なんて考えていると、

「いいか。俺は男でさっきお前の中に出すもん出したよな?」
「はい?!?!」

突然、何を言うのか素っ頓狂な声をあげてしまう。

「で、その…直後も、その後も明日もこうしてお前の側にいる。これでいいだろう?」

フン、と鼻息ひとつで自慢顔。全く…負けず嫌いの子供なんだから…。
でも今、結構嬉しいことを堂々と言ってくれたこと、気づいてますか?

そんな気持ちとは裏腹に、呆れたふりをして溜め息をひとつ。その隙に頬に口づけを落とされる。

そして耳元で、「もう一度出すもん出して証明するか…?お前は散々悦んでいたが俺はまだ足りないんだがな…」と囁き込むので、私は顔を真っ赤にして口を金魚のようにパクパクさせて、反論、できず。
一気に形勢逆転。かなわない…。

きっと荷造りは夜になってしまうのでした…。

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