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「名前さーん!」
「あ、サテツ君」
駆け寄ってくるサテツ君に小さく手を挙げて返事をした。

今日は、クリスマスイブ。
二人きりのデートというわけにはいかなかったけれど、ギルドで行われるハンター仲間のクリスマスパーティーに私も混ぜてもらうことになったのだ。食べ物は、マスターが主に用意してくれて、あとはみんなで持ち寄りだ。

「名前さん、今日何持ってきましたか?」
「えっとね、生春巻き。沢山作ってきたよ」
「おいしそうです!早く食べたいです!」
「サテツ君は?」
「俺はチキンです!」

そんなことを待ち合わせの場所から話しながら歩けばギルドはすぐそこだ。

「みんなもう来てるかな?」
「…」

黙ってこちらをチラチラ見るサテツ君に気づいて、ふと顔を上げると、サテツ君が恥ずかしそうに微笑んだ。

「…ど、どうしたの?」
「…今日の名前さん、オシャレしててかわいいですっ」

う……アツイ。顔が…。

…夜景デートで、初めてサテツ君が私のことを抱きしめてくれたのは先日のこと。
寒い夜空の下、夜景の上、しばらくハグしていた私たちは、思わず見つめあったあと、身体を離して照れ笑いを交し合ったのだ。
それっきり離れてしまうと思った身体は、サテツ君の「…手繋いで帰っていいですか?」という少しだけ照れくさそうな言葉で繋ぎ止められた。大きな手にほとんどすっぽり包まれるみたいな手の繋ぎ方だったけれど、その手の温度はとても暖かく、甘いものだった。

マンションの前まで送ってもらって、おやすみを言おうと立ち止まり顔を見合わせると、思い切ったように私の両肩を掴んで引き寄せて「あのっ…」ともじもじするサテツ君に、「…ウン」と返事して上を向く。
寄せられる顔に力を抜いて目を閉じると、そのままさらに引き寄せられてぎゅうっと数秒強く抱きしめられた次の瞬間、離されたサテツ君の身体はクルリと反転。「おやすみなさい!!」と走っていくサテツ君を、すかされた私は跳ねる胸に手を当てて見送ったのだった。

…今のはキスする流れでしょ…。

…サテツ君の天然!お人よし!…なのに無自覚にこっちを煽ってくるんだから、本当にたちが悪いわ…。

思わず苦笑いしてしまった。だけど、こんな風にサテツ君のほうからハグしてくれるなんて、ずいぶん進展したと言えるんじゃないかな、なんて。



…ということがあってから、サテツ君の言葉や態度の節々から、少しだけ隠せないハートマークが飛んでくることがあって、たまにペースを乱されてしまったり。そう、今日のこの発言みたいに。きっと、本人はそんなことは意図してないんだろうけど。

「…あ、ギルドの外にも飾り付けしてあるね!」
「本当ですね、もう、みんな来てそうですね!」

カランとギルドのドアを開けて中に入ると、もういつものメンバーが集まっていた。

中には大きなクリスマスツリー。そしていたるところに赤と緑の飾り付けがされていて、大きなテーブルにはごちそうが沢山。思いっきり「パーティー」な雰囲気に思わず心が躍ってしまう。

「名前〜サテツ〜!」
シーニャやマリアが手を振ってこちらを見た。二人ともサンタ帽をかぶってすっかりクリスマス気分だ。その他の面々もみんなサンタの帽子をかぶっており、私も入るなりターチャンに頭からそれをかぶらされる。

「う、わあっ、私も被るの?!」
「今日はみんなこれを被るネ。サテツはこっちネ」
「えっ?俺もっ?」

サテツ君はトナカイのカチューシャを付けさせられていて、あまりに似合うその姿に女性陣は大うけだ。
…その様子を店の片隅にちゃぶ台を置いて、何かをグツグツ煮込みながらジトっと睨んでいる陰湿な集団がいるのがうっすら見えるが、おそらくロナルドさんとショットさんなのだろう…。そして、それは見ないふりをするとして…と。

「お二人さん〜上を見てみてごらん」

クリスマスツリーの仮装をして近寄ってくるのはドラルクさんだ。ジョンも小さなサンタ帽をかぶっているので思わず「ジョン〜!!可愛い…抱っこさせて〜」とジョンに近づいてしまうが、「ジョンじゃなくて上だ上!」とドラルクさんに叱られる。

サテツ君と二人して上を向くと、ちょうど入口の上あたりの天井から、枝のブーケのようなものが吊るされているのが見えた。

「…なんですか?これ」
「ヤドリギだよ、ヤドリギ。…この植物の伝説を知ってるかい?」
妖しく微笑んだドラルクさんは、こう続ける。
「この下でキスをした男女は結ばれて、ずっと幸せになるそうなのだ。…どうだ?お二人さん」

えっ!?と目を見合わせた私とサテツ君は、二人同時に上を見て、それから視線を戻して顔を合わせて赤くなる。…えっと…。
ニヤリと悪く微笑むドラルクさんに、キャアキャア盛り上がる女性陣、そして白目でこちらを見るロナルドさんたち。
店内の興奮が最高潮に達したその時、カランとギルドのドアが開いた。

「失礼する。何やら盛り上がっていると聞いてな」

そこには、全裸にマント、股間を何かの植物で隠した男の人が立っていた。

「キャ…な、なにこの人!!」

思わず後ずさりする私をさり気なく自分の背中に回したサテツ君は「あ、この人はゼンラニウムさんで…」と解説してくれるが、当のゼンラニウムさんは、「テメー何しに来たんだよ!っていうかよくギルドに来れるなお前!」とロナルドさん達にどやされている。

ビュンビュン投げつけられる紙コップや色々な物を全く意に介さないゼンラニウムさんは、ふと上を見上げてヤドリギのブーケに気が付いた。

「ム。なんだ、これは」
「ヤドリギだよヤドリギ。クリスマスの言い伝えで…」と解説するドラルクさんの言葉を遮って、「な、なにっ!?」と慌てた様子のゼンラニウムさんは、いきなり飛び上がってヤドリギのブーケを掴んで、ブチっと天井から引き剥がしてしまった。

「宿り木とは、我が同胞に寄生し命を奪う不届きものだな!こうして退治してくれるわ!…ん?…どうした、皆」

あーあ……やっちゃった…とシーンとしらける店内を見て、焦ったゼンラニウムさんが何かまずい空気に気づくも時すでに遅し。ヤドリギのブーケはバラバラになって床に散らばってしまっていたのだった。

「てめー!!ひっ捕らえてやるから大人しくしてろよ!」とロナルドさんが飛び蹴りをかましたのを筆頭に、ハンター総出で捕らえられてしまったゼンラニウムさんは、ロープでグルグル巻きにされて店内の片隅に転がされる。
…全く、全裸の吸血鬼にロマンチックな言い伝えをつぶされるとは、実に面白いクリスマスイブだわ…とため息をつくも、なぜか笑いが抑えられない。なんだか面白すぎるクリスマスになりそうだなぁ。

結局、ハプニングはあったものの、「いいからパーティー始めましょ〜!」というシーニャの一言に店内には音楽が流れ始めて場の雰囲気は一気に盛り上がり、みんなで持ち寄った食べ物や飲み物をテーブルに並べながら宴は始まったのだった。

今日ばかりはお酒もふるまわれて、ほろ酔いになったりベロベロになったり、楽しみ方は人それぞれだけど、店内はすごく盛り上がった。

私も、シーニャやマリアやターチャンと女子トークを楽しんだり、初めて会う吸血鬼対策課の人たちとお喋りしたり、紛れ込んだ変な動物にセクハラを受けかけて助けられたり、疲れたらカウンターでドラルクさんと少しだけ大人同士のお話などして静かにお喋りしたり、すごく楽しんだのだ。

サテツ君もそれは同じで、みんなに話しかけられて可愛がられて、たまに弄られて。
お互いワイワイ楽しんでいる中、たまに目が合うと、楽しんでますか?って顔でニコリと微笑むトナカイ角のサテツ君が可愛くて、思わず頬が緩んでしまったりなんかして。



宴も終盤に差し掛かり、少し人疲れしてしまった私は、一人店の後ろのほうに椅子を持ってきて、グラスを傾けながらみんなの様子を見守っていた。いつの間にかポールダンスのポールやツイスターなどが出されてさらに盛り上がる店内は熱気もすごくて、みんな元気だなあ、と思わず苦笑い。

だけど、この店に漂う雰囲気はとても優しくて、みんなの絆が見えるようで、まるで暖炉の前にいるみたいに暖かくて、すごく心が穏やかになるんだよな。
なんて考えて、グラスの氷をカランと一回ししていると、突然椅子ごと後ろにズルズルと引っ張られて慌てて身体のバランスをとる。

「ぎゃ、な、なにっ」
「…あ、すみません」

椅子を持ち上げる勢いで引っ張って、私を店の壁際まで連れてきたのは、サテツ君だった。

「あ、サテツ君」
「楽しかったですか?」
「うん、すごく!」

サテツ君もそこにあった椅子に座って落ち着いたので、二人して薄暗い壁際で並んでみんなを眺めるような形に。

「あの…すみません突然引っ張って…」とサテツ君が顔を伏せる。
「いいよ、別に。騒ぐのも楽しかったけど、ちょうど私も休憩したかったから」と微笑むと、口角を上げたサテツ君が口を開いた。

「…みんなで楽しむのも、楽しかったんですけど…ちょっとだけ、二人になりたいなって…」

ポリポリ頬を掻くサテツ君のその言葉がすごく嬉しくて、私も椅子をずらしてほんの少しだけサテツ君に近づいた。

「…私もだよ…」

そう言って、頭を倒してさりげなくサテツ君の肩に頭を乗せる。みんなにバレないくらいに、ほんの少しだけでいいからこうして…。
と、目を閉じた瞬間、コホン、と咳払いが後ろから聞こえてビクッとする。
振り返ると、すぐ目の前に満開のゼラニウムの塊が見えて、ヒッと悲鳴を飲み込んだ。
慌てて上を見上げると、いつの間にか縄から抜け出したゼンラニウムさんが真後ろに立っていた。

「…君たちがそういうことになっていたとは知らなかった。無礼を働いてすまなかったな」

申し訳なさそうにそう言うゼンラニウムさんが、コレ…と差し出すその手には、最初に引きちぎられて落ちたヤドリギ…に、若干ゼラニウムがあしらわれたブーケだった。
二人して、「あ…」と呟いて、顔を見合わせてしまう。

「…こうして上で持っていてやるから、ほら」と何故か自分が頬を赤らめるゼンラニウムさんに思わず頬が緩んでしまった。吸血鬼を退治するギルドで、ハンターのために吸血鬼がこんなことしてくれるなんて、この街はなんてハチャメチャで面白いのよ。

片手でヤドリギとゼラニウムのハイブリッドなブーケを持ち上げてくれて、片手で自分の目を隠してジッと待っているゼンラニウムさんを見上げて、そのあとは、周りが見えないくらい盛り上がっているカウンターの皆を横目でチェック。

「サテツ君…」と呼ぶと、一応この雰囲気を察したサテツ君はアワアワ赤くなって慌てているけれど、気にせずに座ったまま背伸びしてサテツ君の襟を掴んで思い切り引き寄せる。

「メリークリスマス」

そう小さく囁いて、そのまま真っ赤になったほっぺに私からキスをした。

頬を押さえて、プシューと音が出そうなほど赤くなるサテツ君を笑いをこらえて見守ったあと、「もう目開けていいですよ」とゼンラニウムさんに声をかけた。

少しだけでも私の気持ちが伝わればいいな。
こんなヤドリギと吸血鬼産のゼラニウムのブーケの下でのキスだし、背景になっているのは股間にゼラニウムだけ付けて、頬を染めて私たちを見守る全裸のおじさんだ。
伝統からは外れているけど、こんな新横浜方式もいいでしょ、なんてね。

カウンターの端っこから、ほほえましく私たちを見守るドラルクさんが一部始終を見ていたことになんて全く気付かずに、私は再びサテツ君に寄り掛かって、少しだけ目を閉じて余韻を味わったのだった。

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