04

尾形百之助という男についての雑多な考え。

ひょんなことから私の家に居ついて半月ほど経ったが、この男の芯についてはまるで何も捉えられていない気がする。

朝は私が起きるよりも早く起きて、日の出と共に何やら行動を開始する。それは、時には街に下りて何かを調べているようであったり、時には森に入り鳥や小動物を撃ち落としてくることであったり様々だ。一見それは気まぐれな行動のように思えるけれど、何か目的があることは確かなのだと思う。まあ、何も理由なく軍を出て、脱走兵になるなんてことはないだろうから。

そしてどんな時にも片時も離さないのがご愛用の銃だ。
雨の日は布にくるんで大層大事そうに守ってやって、家の裏側の風呂に入るときだって近くまで持っていく。最近まで、眠るときも銃の肩掛け紐を腕に絡めて眠っていたくらいだ。
私は銃なんて扱ったこともないのだから、彼の寝首を掻くなんてことするわけないのだけれど、きっと戦争を経験してからの習慣なのだろう。
毎朝起きると、真っ先に銃の紐を手繰り寄せて銃身に触れて、そこにあることを確認して、まるでそれは大切な相棒というよりも自分の半身であるかのようだ。

一度、寝ぼけてしまったのか、銃身に伸ばすはずの手が私の布団のほうに伸びてきて、しばらくパタパタと探った後で手が私の頬に触れたときは、慌てて飛び起きてそれが私であることを確認すると、チッと舌打ちをして髪をかき上げているので、「すみませんね、銃じゃなくって!」なんて棘のある調子で文句を言ったりしたこともあったり。

それでも、たまに森で撃ち落としてきた獲物は何とも言わずに持ち帰ってきて、「これ」と私に差し出すのだからなんだか妙な気分になってしまう。
まあ、一応かくまっているということで、実態はほぼ自由にさせているというか、こっちも自由にしていてあまり構わないというか、私の日常の隙間に尾形さんがうまく噛み合って過ごせているだけなのだが、本人としては御礼のつもりなのかもしれない。
私としても、助かっているのだけれど。

たまに、双眼鏡で辺りを見回して何かを確認して、今日は外に出かけないほうが良いと決めたのであろう日もある。
そんな日は、仕事の刺繍や繕いものを黙々とこなす私を、陽の当たる窓辺から無言で眺めている。私は集中しているので特に会話もないのだけど、何が面白いのかじっと手元を見ながら、時折、自分も銃の手入れなどしたり。

私も数日置きに街に下りて商品を受け渡したり、材料を買い出しに出かけるのだが、帰ってくると、作りかけで置いてあった刺繍とその糸の束が少し動いていたりして、どうやら私が留守にしている間にこっそり触ってみているらしいのだ。
…興味があるならそうと言ってくれればいくらでも見せるのだけど、まるで飼い主のいない間にいたずらをする猫みたいで、それに気づかないふりをしてあげるくらいには可愛らしいところもあるのだ。

しかしながら、総合的に言うと、なんとも掴めないし分からない男というところだろう。
それでもそれなりに、悪くない気分でやっていけているのだけど。




その日は、いつものとおり朝から尾形さんはどこかへ出かけていき、私は家の片づけをしつつ、昼前くらいから刺繍の仕事を行っていた。

チクチク単調な作業を続けて、その合間に少し家事を。休憩したあとは、一度少し手元から離して作品を見てみて、光に透かして全体を確認。
今日はすごく気分も乗っていて、依頼のあった小物入れをすぐに完成させられそうな勢いだった。

ちょうど残りもあと少しというところで、木戸がガタンと音を立てる。
私はそれを聞いて、ああ、尾形さんかな、と思いながらも、あと一目か二目くらいで完成する刺繍の作品を前に、あと少しだけ…と戸を開けずに仕事を優先していた。いつもみたく勝手に入ってくるでしょ、なんて戸のほうすら見ずに針と糸だけに集中。

すると、今度はドンドンと木戸をたたく音がした。
外にいる人は木戸を開けずにそこから動かない様子なので、不思議に思い、仕事の手を止めて木戸に近づき手をかける。

…尾形さんなら、ためらわずに入ってくるのでは?

とすると、外にいるのは誰なのだろうか。
こんな山小屋みたいな家に来客などそうそう無い。
一瞬躊躇した後、思い切り木戸を引いて開けると……そこにいたのは軍服の男だった。

「…おっ、中にいたのか」
「…軍人さんですか?ご苦労さまです…」

…銃を持っている。特に特徴のない男で、下っ端の兵士なのだろう。
とはいえ、この時期に、この時間に、こんな場所に軍人が。
尾形さんと無関係なのだとは、到底思えなかった。それより何より、この軍人の肩についた番号は27。尾形さんと同じ師団であるのは間違いない。
…だとしたら。

「すまんが、軍服を着た軍人をこのあたりで見かけなかったか?」
「…いえ…このあたりはめったに人も来ませんし。私も女一人でここに住んでますので、軍人さんがいらっしゃったらすぐに分かるのですが」

…やっぱり。と心の中でつぶやいた。尾形さん、あなた探されてますよ…。

「…見かけなくても、たとえば変わったことなどなかったか?…実はいなくなった男は大けがをしていてな。」
そう言って、私の頭越しに家の中をじろじろと覗き込む。…尾形さんが銃もろとも出かけてくれていて本当に良かった…。

「いえ…見かけたこともありません。行方不明なのですか?」
「…そんなものだ」

すぐに引き下がると思った男は、何故か帰るそぶりを見せずにその場に留まるので
私もソワソワとしてきてしまう。…脱走兵なんていないこと分かったんだから、早く帰りなさいよ…。そんな風に機嫌悪く男を見やったところ、家から少し離れた森の木々の間に、見覚えのあるマントの頭が見えてギョッとした。
…まずい時にまずい人が帰ってきてしまったようだ。

…よく見えなくても分かってしまう。きっと尾形さんは、銃を構えている。半月前まで、仲間だった男の頭に向かって。
脱走したとはいえ、いきなり銃口を向けるくらいなの?
…というか、尾形さん、あなた何やったんですか…?ここでこの男に銃を構えなくてはいけないくらいの何かをしたんですか?

頭の整理が追いつかない私の肩に、軍人の男の手がかかるので、ビクっと見上げると、半笑いのような顔で口を開く。

「…どうして布団が二組あるのだ?女一人だと言っていただろう?」

そのまま肩を掴まれて、押されて家の中に一緒に入られそうなのをすんでのところで食い止めた。

「…待ってください、それは、あの、」
「…脱走兵をかくまってなどいまいな?」

心臓がドキンと跳ねるのを感じる。
このまま黙っていたら、どうにかされちゃうのかしら。でも、尾形さんとの約束は約束。かくまうと言った私も女に二言はないのだから…。

こっそり一息吸って、切り出した。
「それは、あの…言いづらいんですが、たまにここで…」
そう言って、顔を赤くして男を見上げると、「ああ、」と下品な笑みを浮かべる男。

「…客をとっているのか?」

その言葉には、気まずそうな笑顔を投げかけるだけで否定も肯定もせず。嘘はつかずに相手の想像力にお任せだ。

「ふん…」と鼻息を一つ上げた男の手が、肩から腰まで下りてきて身体をさりげなく撫でるので唇を噛んで目を伏せる。
…キモチワルイ。
この辺までが限界、な気がする。

「…なかなか興味をそそられるが、もう戻らないと上官に叱られるのでな、今日は少しだけ…」

そう言って顎をくい、と掴まれて上を向かされると、見えるその光景に身体をこわばらせた。

それは、にやけた軍人の顔が近づいてくるからというよりも、その向こうに、木の幹に銃剣を突き刺して銃を乗せて、すっかり狙撃体制に入った尾形さんが見えたからなのだけれど…。

でも、ちょっと待ってください…尾形さん……!


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