09

その後、サテツ君と私はデートを何回か重ねていた。
行先は、例によって公園でのピクニックや、デートらしく水族館や映画など。それと、バーに行ったり。

最初サテツ君に「あの、次は夜にバーでも行きませんか?」なんて誘われたときは、ついに大人のデートが…なんて思ってドキドキしてしまい、少しシックでシンプルなワンピースに小ぶりのチェーンバッグを合わせて、いかにもデート風な恰好で待ち合わせしたものだけど、案内されて着いた先は最初に一度行ったことのある「新横浜ハイボール」だったので、思わず崩れ落ちそうになってしまったのだ。

中に入ると、一度会ったことのある面々がワイワイ座っており、サテツ君の女性のハンター仲間であろう人たちは、初めて女連れでギルドに来たサテツ君にわあっと盛り上がり、私を囲んで質問攻め。ロナルドさんとショットさんもサテツ君をからかって、他の友人にまで電話をかけ始めて、「サテツのデート」を見に来るようになんて連絡していて、とても大人のデートなんて雰囲気ではなくなってしまった。

はあ〜とため息をついてカウンターに座った私の隣に腰かけたドラルクさんからは、「わあ〜今日の服すごいおしゃれだな〜」なんてからかわれて、アットホームなギルドの中で一人だけ勝負デート服を着こんだ私は実に浮いた存在となってしまい、やけになった私はもういっそ楽しんでやろう、と色んな人とおしゃべりをして、お酒を飲んで、それでもとても楽しく過ごしたのだった。



…結局、店のマスターや常連のメンバーと打ち解けて、新横浜ハイボールの常連となった私は、今日もサテツ君とここで待ち合わせをしていた。もちろん、服はいつもの普段着だ。

「あら〜?名前、今日もサテツちゃんと待ち合わせ〜?」と話しかけてくるのはシーニャだ。
最初その風貌を見たときは驚いたものだけど、お姉さんみたいな存在で今は二人でこうしてグラスを傾けることも少なくない。
「うん、でも仕事が入って少し遅れるみたい」とグラスの氷をカランと弄りながら呟くと、「あら、さみしそう。恋する乙女ね」なんてからかってくるので口を尖らせて睨んであげる。

「あ〜疲れたぜ。お、名前じゃん」と男前にドカッとテーブルにつくのは、同じくハンターのマリアだ。今日はもう一人のチャイナ娘のターチャンはいないけれど、こうしてよく女子同士で集まって女子会みたく飲んでいることも多かったり。

「サテツと待ち合わせか?」とシーニャと同じことを聞いてくるマリアに、頷いて返事すると、シーニャとマリアはニマっと目を合わせて二人して身を乗り出してくる。

「…ねえ、名前、結局今サテツちゃんとどこまで進んでるのよ?」
「…教えろよ〜」

面白そうにスケベな顔で聞いてくる二人に、うっ…と言葉に詰まってしまう。
言えない。だって。

「…一歩も進んでない」

二人は顔を見合わせたあと、「嘘でしょ〜」「嘘だろお〜」と見事なハーモニーを聞かせてくれる。だから、本当だって!

そんな中、横から「熱いキスまではしたよな」とドラルクさんの声が降ってきて、ギョッとする。
いつの間にか同じテーブルについたドラルクさんはジョンを肩に乗せながらキャピっと話に自然に入ってくるので、「…あれは事故です。女子じゃない人は退出してください」と冷たく切り捨てて、肩の上のジョンを代わりに受け取ってシッシッとほかのテーブルに追いやった。

ジョンを抱っこしてお腹をこちょこちょ撫でてやっていると、「ねえ、でも名前はサテツちゃんのこと好きなんでしょ?」とシーニャが切り込んでくる。

「…うん、好きだよ」

それを聞いた二人とジョンが頬に両手を当ててキャーーー!!!と歓声を上げるので慌ててシーっと二人を黙らせる。

「どこが好きなんだよ、サテツの」と肘で小突いてくるマリアに、私は困ってしまった。どこって…と思わず頭を抱えてしまう。
「正直に言っていいい?」と二人を見上げる私に、うんうん、と目を輝かせて激しく頷く二人。ジョンもうんうん、と小さく頷いているので、可愛くてぎゅっと抱きしめる。
ふう、とため息をついた私は、素直に口を開いた。

「…わかんない。なんでこんなに好きなのか。優しいのに強いとこ、とかありきたりなことは言えるけど…。大体こんな気持ちになったのも久々すぎて…。大人になったらデートとかってもっとスムーズに進むじゃない?ふつう!で、そのまま何も言わなくても恋人になってるっていうか…。なのにこんな風にずっと片思いしてるとかもうどうすればいいか分からなくて…でもずうっとサテツ君のことが頭から離れなくて、でも大人だからなんとか頭を冷静にしてクールぶってるっていうか…」

ジョンのお腹にモジモジ「の」の字を書きながら気持ちを吐き出した私に、二人からは何の返事も返ってこないので、ん?と見上げると、ふう、とため息をつく二人がそこにはいた。

「…いい恋愛だこと。ほーんとご馳走様」
「…そんなこと言ってないで押し倒しちまえよ?名前〜」
「ヌー…」

ちょっと!真剣なんですけど!ジョンまで何よ!と二人に言い返そうとしたとき、カランとドアが開いて、仕事を終えたサテツ君が入ってきた。
名前さん、と手を挙げて合図するサテツ君にグラスを上げて、先に飲んでたよ、と返事。

すると、マリアが「サテツーー!こっちこいよ」とサテツ君を呼ぶ。
素直にテクテクこちらに歩いてきたサテツ君に、シーニャが「ねえ、あなた来るの遅かったから名前と結構飲んじゃったわよ。今日はもう名前のこと家に送ってきなさいよ。デートは家までのお散歩でってことでどうかしら」と切り出して、こっそり私にウインクをひとつ。

…サテツ君て、本当にいい仲間に囲まれてるな、なんて。

「あ、すみません…つい遅くなっちゃって。名前さん酔っぱらっちゃいましたか?」と顔を覗き込んでくるサテツ君に頬の温度が上がるのがわかるけれど、ここはシーニャの機転に乗っかって、「…うん、少しね」なんて呟いた。
「じゃあ、俺、家まで送ります!」と笑顔のサテツ君に合わせて立ち上がって、ジョンにバイバイをして椅子に下ろしてあげる。

「…いい夜をね」なんて耳元でこっそり囁いてくるシーニャとマリアに手を振って、バーを後にしたのだった。



「名前さん大丈夫ですか?」と心配するサテツ君に、「大丈夫、一杯だけだから」と返してニッコリ微笑む。…やっと会えたからそのほうが嬉しかったり。
そう、今日は久しぶりのデートだったのだ。お互い仕事も忙しくて、なかなか会う機会も最近は少なくて。

家までの道のりは意外に短い。あと少しだなあ。さすがに、家に上げたらがっつきすぎかなあ、なんて思っていると、家に向かう分かれ道のところでサテツ君が立ち止まった。

「…あのっ…まだ時間ありますか?」
「…あ、るけど、どうしたの?」

スマートフォンを取り出してなにやら確認したサテツ君は、「…夜景見に行きませんか?今日、一応デートなのでっ」と赤い顔で切り出した。あ、一応調べてきてくれたんだ、なんてドキンと胸が高鳴ってしまう。

「行きたい!夜景見れるところあるの?」
「ロナルドが教えてくれたんです!デートのことなら俺に聞けって」

…多分、知ってたのはロナルドさんじゃなくて「シリ」だと思うけどそこには触れないでおいてと。

「こっちの道を山のほうに行くと展望台があります!少し歩きますけどいいですか?」と笑顔のサテツ君に、「いいよ、今日ヒールじゃないし」と親指を立てて返事して、私たちは二人で歩き出した。

しばらく坂道を登って、丘の上の公園のようなところに到着すると、サテツくんが「こっちです」と向こうを指す。なかなか急な坂道に膝に手をついて息を整えていた私が、ふう、と顔を前に向けると、そこには一面に暖かな光が広がっていた。

「わ…すごい…」と展望スペースの柵に駆け寄ってそれを見下ろすと、「俺も初めて見ました…」とサテツ君。
オレンジの光や白い光がキラキラと輝いて、道路のところでは車の光が連なってラインになっていて、この下に、確かにこの町に暮らしている人がいるんだな、と感じさせてくれるくらいにそれは暖かな光だった。

「綺麗だね…」
「はい…」

二人で並んで静かに綺麗な光を眺めているうちに、ふと、マリアの言葉が浮かんできて慌てて頭の中でそれを打ち消した。
マリアは簡単に私からサテツを引っ張れよ、サテツはすぐ乗ってくるぞ、なんて言うけどなあ。

確かにそういう恋愛もいいだろう。だけど、私はもっとサテツ君に自分から動くことを知ってほしいというか。偉そうだけど。
恋愛って能動的になるとそれはそれで楽しいんだよね。

別にその相手が私じゃなくてもいい。でも、あんなに強い部分を持っているサテツ君が、いつかお人好しな自分じゃない部分も見せて、自分から積極的に自分の気持ちを貫いて、いい恋愛ができるといいな、なんて。

…私は、もう二人の間の中間地点まで自分から歩いて来ちゃったみたい。だから、私とサテツ君がこの先どうなるかはここで待ってるね。なんて。

そんなことを考えてふと上を見上げると、あ、と息を呑んだ。

「…サテツ君」
「…どうしました?」

サテツ君のシャツの裾を引っ張る私に気づいて、上を向いた私を見たサテツ君が、つられてん?と上を見る。

そこには、満天の星空が浮かんでいた。まるで、夜景になんて負けないぞって主張しているみたいに。大きい星や、ほとんど見えないけれど小さい星も。
こんな都会でも、見れるんだな、星空。夜景を見に来なかったら、きっと気付かずにいたかもしれないな。

「サテツ君、ありがとう」と上を見上げたまま囁いた。
「…今日、もう少しだけ一緒にいたいと思ってたから、夜景に誘ってくれて嬉しかった」と、素直な気持ちをポツリと一つ呟く。
「いえ…こちらこそ」とポリ…と頬を掻くサテツ君の声を聴きながら、柵に背中を預けてサテツくんと向き合った。

「ほんと、すごく綺麗だね」と微笑むと、それを見て、ふ、と口角を上げるサテツ君。
「…何よぉ、何かおかしい?」と詰め寄ろうとすると、そんな私の肩をサテツ君が両手で抑え込んだ。

「あのっ、ちょっと動かないでください。そうやってると、名前さんの背景に星空と夜景があって、すごくきれいです!」
「…え?」

…思わず顔から火が出そうになってしまった。
天然でやってるのかしら?なのにこんなロマンチックな言葉が出てくるとは、サテツ君、恐ろしい子ね…なんて頬が上気してしまう。
そのまま見上げるサテツ君も、あ、と自分が言った甘い台詞に気づいてほんのり赤くなるものだから、こちらも照れてしまう。

熱くなる頬を、冷えた両手で挟んで冷やしながら、サテツ君を見上げたまま「…サテツ君のバカ」と囁いた。
それを聞いて慌てて謝ってくると思ったサテツ君なのだが、「あ…」と頬を赤くして固まっており、その表情は何故だか真剣だ。真っ直ぐ私を見て、自分でも自分が良くわかっていない、みたいな複雑な表情をしている。

…そして、私の両肩を掴んだまま口をぎゅっと結んだサテツ君の手が、そのまま私を引き寄せた。
肩を掴んでいた大きな手は、ゆっくり背中側のほうにスライドしていき、左手は私の首筋のあたりを引き寄せて、右手が腰を引き寄せる。

「名前さん…」と囁く声が頭のすぐ斜め上で聞こえて、抱きしめられていることに気づいた私の心臓は一気に鼓動を速めてしまっていた。

「サテツ君…」

強張っていた身体の力をおずおずと抜いて、厚い胸板にそっと頭を預けると、ぎゅっと一層強く抱きしめられて頭に血が上っていく。

「名前さん…俺…もう少しこうしていたいです」と囁く声に、「…うん、私も」と返して、腕をゆっくりサテツ君の背中に回す。

…サテツ君、一歩中間地点に進んできてくれたってことでいいのかな?
もしそうなら、私はすごくうれしいんだ…。
ゆっくり目を閉じると、頬に夜風が心地いい。私、まだ頬が熱くなっている。
…君のせいなんだからね?サテツ君…。

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