08

俺がハッと冷静になった時には、すでに吸血鬼は胸倉を掴まれてキュウ…とのびていた。

あ…またやってしまった…昔のようには戻らないと心に決めていたのに…。
ハンターとして正しいことをしたのは分かってる。子供を容赦なく蹴り飛ばす吸血鬼は、エスカレートしていたらもっとひどいケガを一般人に負わせていたかもしれない。
でも…もっと、他に方法はなかったのか、力づくで抑え込むとしても、もっと冷静にできなかったのか…。恥ずかしくて情けない後悔が頭の中をグルグル回っていた。

気づくと、応援に来てくれたらしいロナルドとショットが横にいて俺をなだめている。なんだか異様に早い到着だ…。
「大丈夫か?」とロナルド。
「あとは任せろよ。…ほら、名前さんが…」と、ショットが俺が捕まえていた吸血鬼を代わりに連行する準備を始めながら後ろを顎で指す。

あ…。

そう言われて、やっと我に返る。
…名前さんに、これを見られてしまった…。

ソロソロと、ゆっくり後ろを振り返ると、びっくりした表情でこちらを見ている名前さんと視線がぶつかる。瞬間、名前さんが切なそうな顔をして一歩下がってしまったので、胸がズキンと痛んだんだ。

俺が、怖がらせてしまったんだ…。

必死に謝って、名前さんも大丈夫だから、とむしろお礼まで言ってくれたけれど、俺は罪悪感と辛さで一歩も動けなかった。

「おい、坊主、家まで送ってやるから来い」とロナルドが男の子を呼ぶ。名前さんに付き添われていたその男の子は、目尻に涙を浮かべながらゆっくり歩きだした。
「…もう大丈夫だよ。ほら、ハンターのお兄さんにお礼を言おうね」と肩を抱いた名前さんが男の子に優しく声をかける。

この子も無事でかすり傷だったみたいだ。良かった…。
「…あのっ、ぼく、大丈夫だった…?」と俺もしゃがんでその子に声をかけると、涙目でこちらを睨んだ男の子は、「…うるさい。ぞうパンツ!!ほっとけよ!」と腕をばたばたさせて怒り出す。

ぞ、ぞうパンツ…!と赤くなってアタフタしていると、「いつもは弱虫のクセに!かっこつけるな!」と唇を噛む。
あ、この子も怖がらせてしまった…と思わずシュンと肩を落としてしまった。情けなくてカッコ悪いとこばっかり見せちゃったな、名前さんに…。

すると、その様子を見ていた名前さんが、「待ちなさい」と男の子の肩を掴んでクルっとひっくり返して向かい合う。
しゃがんで目線を合わせた名前さんは、
「…お兄さんは弱虫なんかじゃないでしょ?あなたがケガしないように、強い悪者に向かっていって守ってくれたんだよ?」と、その声は暖かくも厳しいトーンだ。

「あ、名前さんっ…」いいです、俺なんか…と言おうとした瞬間、(サテツ君は黙ってて)と言わんばかりの嘘くさい作り笑顔を向けられタラリと冷や汗。
うっ…怒ってる…名前さんも、こんな一面見せるんだ…。

うつむいてだんまりの男の子に、今度は優しく語りかける。
「…私も怖かったから動けなかったよ。みんなそうだから。…でも君は大人だから、どうしたら最後カッコよく終われるか、分かるよね?」と、男の子の背中を押す。
ずいぶん長いこと俯いていた男の子は、しばらくしたらパッと顔を上げて、「…ありがとう。ぞうパンツの人…」と上目遣いで睨みながら、赤い顔。

ぞ、ぞうパンツ…と俺も赤くなりながらも、「…うん、気を付けて帰ってね」と手を小さく振る。
その光景を黙って静かに見ていたロナルドとショットが、目を見合わせて、そろそろ行こう、と合図していた。

何も知らない名前さんは、眉間に皺を寄せて、ぞうパンツ…?と怪訝に呟いているが、その解説は置いといて!
 
ロナルドたちと子供を見送ったあとは、再び二人きり。
「名前さん、今日はすみません…」と、シュンと顔を伏せる。
なんだか、デートの最後がこんな形で終わるなんて、すごく悔しいのと、こんな姿を見せてしまって申し訳ないのとで、ただただ頭を下げるしかできなかった。

「ううん、サテツ君も、このあと大変だろうし、もう私ここで帰るね」と名前さんがジーンズについた土を払いながら俺に言った。
そりゃそうだよな…。楽しかった一日も、これにて終了だ。
名前さんと過ごす時間はなぜかとても楽しくて、もっと続けばいいと思っていたんだけどな…。
俺も、トボトボと散らばった荷物を集めながら、淋しい気持ちがこみ上げる。

荷物を集めて名前さんのトートバッグに入れたら、それを持ち上げて名前さんに渡した。
「…今日、ありがとうございました。…それにすみませんでした」と、ペコリと頭を下げる。

しばらく無言で俺を見ていた名前さんは、「…ううん、こちらこそありがとう」とぎこちない笑顔で手を挙げる。
「…じゃあ、また」と頭を下げて踵を返す名前さんを、思わず呼び止めようとした次の瞬間、名前さんはそのままクルリと360度回って再び元通りに戻ってきたのでギクッとした。

こちらをまっすぐ見上げる名前さんの顔が、少しだけ赤い。

「…今日のデート、変な終わり方しちゃったね」と、突然の切り出し。
「あ…う…すみません…」と眉が下がる俺にさらに一歩近づいた名前さんは、しばらくためらったあと、
「…だからもう一回デートしなおさない?」と赤い顔。

思わず笑顔になってしまった。

「はい!し直します…!もしっ、それでもまた吸血鬼が出たら、またもう一回…」と飛び出た自分の言葉に赤くなる。
もっと知りたい、名前さんのこと。この気持ちは何だろう?

俺の言葉に微笑み返した名前さんが、「うん、じゃあ、また次のデートで」と静かに微笑んで今度は本当に踵を返す。
右手を挙げてひらひら振りながら立ち去るその背中を、俺はどうしてかずっとずっと、見えなくなるまで見送っていたんだ。

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