07

サンドイッチを頬張るサテツ君を見て、口元が緩んでしまうのを抑えられない。ほんとおいしそうに食べるなあ。
最初はどうなることかと思ったピクニックデートも、美味しい食べ物のおかげで和やかに進んでいる。ぽかぽかの天気の中、なんてことない話をしながらサンドイッチを食べて、笑いあう。

相変わらずほっぺたにソースを付けているサテツ君のほうに手を伸ばして、そっと紙ナプキンで拭ってあげる。キョトンとするサテツ君に、ソースついてたよ、とジェスチャーで教えてあげると、上気する頬。…かわいいなあ、全く。

…だけど、本当にただご飯を食べてお喋りして、のんびり過ごしているだけなのに、すごく楽しいし、何よりも自然体でいられるのがうれしかった。こんなにリラックスできるデートって、なかったかも。

「…なんか、すごく楽しい」と思わず呟いて、ゴロンと寝転がって目を閉じると、眠気が襲ってくる。あ、わたし本当に気が抜けてる…。
草の香りと小鳥の声と、優しいサテツ君。
のどかってこんな感じ…?

「名前さん、ちょうちょ止まってる…」とサテツ君の手が私の髪に触れる感触がして、「…ん?どこぉ?」と目を開けると、木漏れ日の逆光の中にいるサテツ君がキラキラと綺麗に見えて、胸がドキッと締め付けられる。
……この暖かくて甘酸っぱいだけの気持ちが、もう少し経つと何に変わるのかは、経験でもう知ってしまっている。

…今はまだサテツ君も、私のことを少し楽しく話せるお姉さん、くらいに思ってくれているだけだろう。
無邪気なサテツ君に、それ以上を期待してしまうのは、もし期待が外れてしまった場合に私のハートが危険なのかもしれない。勢いで人を好きになって、恋愛だけ楽しんでいられる年齢でもないのだから、と自制心。

サテツ君と見つめあって数秒、何か話題を切り替えようと口を開いたその時、「わーーーっ!!!」と広場の向こう側から子供たちの悲鳴が聞こえた。



「な、なに?!いまの悲鳴?」と慌てて起き上がると、サテツ君は真剣な顔付きで辺りを見回した。
広場のほうからは立ち上る土ぼこりが見えて、
時間がたつにつれておさまってくるその中から、何やら小鬼みたいなものを操ってあたりを壊してまわっている吸血鬼らしきものが、笑いながら子供たちを追い回しているのが見える。

「やだ!何、あれ!?」と身構えると、サテツ君は「あのっ、名前さんは動かないでください」と言って携帯電話を取り出す。何やらハンター仲間に連絡して応援を要請しているようだ。

立ち上がったサテツ君の大きな身体に気づいた吸血鬼が、マントを翻してこちらに向かってくるのが見える。
「サテツ君!!」と叫んだ瞬間、芝生の土の中から出てきた何かに足首をつかまれてぐらつく身体。見ると、小さなグールが私の足にしがみついてケタケタと笑っている。それは足で振り払えるくらいに小さかったけれど、次々に沸いてでてくるのでタチが悪い。

思わずどすん、とカッコ悪く尻もちをつくと、「名前さん!大丈夫ですか?!」とこちらを向くサテツ君。
その向こう側、サテツ君と吸血鬼のちょうど真ん中に、小学生くらいの男の子が走って逃げているのが目に入ってギクッとする。
「サテツ君!先にそっちに…子供が!」と、なんとか小さなグールを引き剥がしては放り投げながら叫ぶ。

ずんずんとこちらに向かってくる吸血鬼が、「ハンターか。面白い」と牙を光らせてサテツ君のほうに向かう途中を、すっ転んだ男の子が道をふさいでいた。
恐怖でガタガタ震えて立ち上がれない男の子を見下ろした吸血鬼が、眉間に皺を寄せて「邪魔だ」とその子を蹴り飛ばした。

ズサーっと1メートルは転がって、顔面から着地する男の子を見て、ギョッとして駆け出そうとしたその時、サテツ君が思い切り飛び上がるのが、見えた。

「いい加減にしやがれってんだこのダボがあぁあああ!!!」

と、左手のアームで吸血鬼を思い切り殴りつける、サテツ…君…?

「俺の目の前でガキに手を出すとはいい度胸だ…」と、ぐったりした吸血鬼の胸倉をつかみ上げる。
主人がそんな状態なせいか、私の足元に纏わりついていたグールもすうっと姿を消していったので、慌てて起き上がり男の子の元に駆け寄る。
倒れていた男の子を起こすと、ほっぺに擦り傷を負ったくらいで軽症のようだ。泣いているその子をそのまま抱き寄せて、一安心させたところで、私も振り返ってこの衝撃の光景に再び目をやった。
ど、どうなってるの…これ…。

「2度とナメたバカやってみろ。この拳が次はテメェのドタマカチ割るぞ…」と凄むのは、やっぱりサテツ君だ…。
どうして…これがあのサテツ君なの…?

私がこの光景に唖然としているところに、バタバタと駆け寄る音。
ロナルドさんとショットさんが早くも応援に駆けつけてくれたようだ。

「サテツ!大丈夫か!?」とふうふう息をするサテツ君の背中を、どうどう、と撫でるロナルドさん。
「あとは任せろよ。…ほら、名前さんが…」と私のほうを見やって、サテツ君が締め上げていた吸血鬼を預かってくれるのはショットさんだ。

気まずそうなロナルドさんが、サテツ君の背中をポンと叩いてなだめたあと、私のほうに近寄ってくる。
「名前さん、驚いたよな〜…悪気はないんだよ…。サテツのやつ、子供とか動物に手を出されると昔のツッパってた時みたいになっちゃって…」と頭を掻く。

…ツッパってた…?昔…!?
…信じがたい話に口をポカンと開ける私を、ソロソロと振り返ったサテツ君の瞳が捉える。
その表情はいつものサテツ君だけど、瞳には男、としか言いようがない燃えるような真剣な色が宿っていた。
…思わず、胸に手を当てて一歩下がってしまった。

それを見て、あ…と切なそうな表情のサテツ君が、「…ごめんなさい…俺っ、つい…こんなことして…」と泣きそうな目でこちらを見る。
「…大丈夫。謝らないで…ありがとう」と、心ここにあらずの状態でお礼を述べた。
「…びっくりさせてすみません…」と、気まずそうに私に近寄ろうとしないサテツ君。

…ビックリしたよ。
心臓の鼓動はさっきから全速力だ。

でも本当にドキドキ跳ねているのは私の心の奥底。
甘酸っぱいその気持ちは血流に乗って急加速して身体中を駆け巡っている。

サテツ君、まだ出会ってほんの少しだけど、こんな姿も見せるんだね。
みんなに優しくて、アタフタ可愛くて、お人よしなサテツ君ってだけだと思ってたら。

サテツ君、私はこんな姿見ちゃったら、マズイよ。
本当に後戻りできなくなるくらいに私は、たぶん、サテツ君のことが、好き……。

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