06

クローゼットの前で私は立ち尽くしていた。

サテツ君とピクニックデートの約束をしてから、最初の週末の土曜日は私の仕事が忙しく休日出勤、次の日曜日は天気が悪くてピクニックは中止。
一週間空けて次の週末の土曜日、つまり今日がサテツ君と初デートなのだ。

ハンガーを次々にスライドさせていき、洋服を見繕う。
10人並みな器量の私だが、デートの経験くらいはあるんだけどなあ…今回は…。
…最近の私の初デートといえば、金曜か土曜の夜の食事が多かった気がする。まあ、社会人になると大抵最初はお食事でも、ってなるからね。
金曜の仕事の後なら、夜のデートを見越した少しきれい目のオフィスカジュアルなワンピース、土曜の夜なら少しだけ色っぽくて大人っぽいワンピースに、どちらもアクセサリーとメイクを少しだけ足せばオーケーだ。

でも。
ピクニック…と頭を抱えてしまう。昼間の初デート自体、学生の時以来かもしれない。
サテツ君はどんな格好で来るのかな?…可愛い格好が好き?それとも綺麗なほう?
まるで初恋の時みたいに浮き足立っている自分に気付いて思わず頬が熱くなる。

しばらく迷ったあげく、最後にはふう、と力が抜けていつものカジュアルなワイドデニムを手にとった。綺麗目でラインもスッキリして見えるし、トレンドも押さえている。動きやすくて芝生の公園にぴったりだ。

パンツに合わせてトップスは女性らしく胸元が少しだけ広めに開いたハイゲージのニットをチョイス。
ネックレスとイヤリングは揃いのもので合わせて、髪は緩くウェーブのまま下ろして女っぽさのバランスを取る。…御託を述べたが最終的には全くいつも通りの私のスタイルの出来上がりだ。

なんか、悪い意味じゃなくて、サテツ君とならこれでいい気がする。と、仕事の時よりも薄いメイクの鏡の中の自分を見て、思わず口角を上げて鞄を肩にかけたのだった。



待ち合わせの場所で名前さんを待つ俺は、どれだけ緊張していただろう…。

デートに誘う時に、思わずピクニック、なんて言ってしまったが、あの後マリアやターチャンにさりげなく聞いてみると、大人のデートならレストランでの食事とかドライブとかが普通らしかったのだ…。名前さんはきっとそういう大人のデートをしてきているのだろうに、俺なんかのプランで良いのだろうか…。

その場を行ったり来たりしながらドキドキしてせわしなくしていると、「サテツくん!」と声をかけられる。
振り向くと、名前さんが笑顔で手を振っていた。
「あ…名前さんっ…!」と俺も笑顔になり、そこで動きはストップして名前さんをまじまじと見てしまう。

ジーンズにシンプルなニット姿。片手には大きなトートバッグを持っている。その姿はカジュアルなのに、何故かこの間会った時よりも女の人らしい気がしてドキッとしてしまう。
髪の毛、結んでないからかな…?しっかり目の仕事の服と違ってなんというか、気が緩んでいる感じというか…だから少しだけ幼く見えるというか…。

ボーっと名前さんを見つめる俺に「…なんか変?」と少し顔を赤くした名前さんが上目遣いで俺を小さく睨むので、「あ、なんでもないです!…なんか、雰囲気が違って…」と頭を掻くと、「…今日メイク薄いから。顔が違うとか言わないでよね」と口を尖らせる。

慌てて否定しつつも、何故かむずがゆいような感情で胸が熱くなったんだ。これが、もっと知りたい感情ってやつなのかな。

「…もう公園に行く?」と聞いてくる名前さんの言葉に返事しようとして、全くのノープランでここまで来てしまったことに気づいてサーっと青くなる。
冷や汗を垂らしながらえーっと…とアワアワする俺に、笑いをこらえた名前さんが、「…この近くのお店で何か食べるもの買っていこう。一応ちょっとしたお菓子は持ってきたけどね」といたずらっぽく微笑んだ。
…やっぱりリードされてしまった…。

食料を調達したのはサンドイッチの専門店。
俺は2つ、名前さんは1つ別々の種類のサンドイッチを買ってから、大きな公園の芝生広場に到着した。
俺も食べることが大好きだけど名前さんも相当なグルメみたいで、沢山の種類が並んだサンドイッチの専門店では二人ともテンションが上がってしまい、ただ食べたいものを選ぶだけでも二人であれこれ言いながら盛り上がって、すごく楽しかったんだよな。

芝生に荷物を置くと、名前さんがバッグの中からレジャーシート代わりの厚手のブランケットを出して敷いてくれる。
「一番大きいの持ってきたけど、サテツ君デッカイからなぁ。二人乗れるかな」と、自分が座ってから横をポンポン叩いて、座れと促した。
ブランケットに収まるようにお尻のほうからよいしょ、と座って、「乗れました!」と名前さんのほうを向くと、至近距離に名前さんの顔。身体を寄せ合ってしまうくらいの近さでドキッとする。
「…食べようか」と名前さんが少し照れながら言うので、「は、はい」とそのまま少しだけ名前さんとくっついて、サンドイッチの紙袋を開いたのだった。

具だくさんのサンドイッチは、大きな口を開けないとかぶりつけないくらいだ。
あーん、と思い切り口を開いて、それでも一口で噛みつけずに二人して鼻のところにべちゃっとソースがついて顔を見合わせる。

「サテツ君!ちょっと!鼻にタルタルソースついてる!」と俺を指さして笑う名前さんの鼻にもしっかりクリームチーズがついているので笑ってしまう。
「…名前さんもついてます。口の端にも。俺よりたくさんついてる…」と笑顔で言うと、えっ!?と慌てて拭っている。

なんか、すごく楽しい。
そうやって二人でくだらない話をしておしゃべりして笑いあって、途中でサンドイッチを交換して一口づつ試食。実際サンドイッチはどれもすごく美味しくて、モグモグと一心不乱にサンドイッチをほおばる俺を、微笑ましそうに名前さんが眺める視線も、心地良かったりなんかして。

おなかがいっぱいになって満足したところで、名前さんがバッグの中から保温ボトルを出してくれる。
「コーヒーいれてきたよ」と、同じく持ってきたらしいキャンプ用みたいなカップにそれを注いでくれるので、熱いコーヒーをゴクリと一口。…なんか結局いろいろ名前さんが準備してくれて、俺何もやってない…と少しだけシュンとしてしまう。

でもそんな事は全く気にしていないような名前さんは、コーヒーを一口飲んだ後、一息ついて、「…なんか、すごく楽しい」と呟いて、そのまま後ろにゆっくり倒れてブランケットに横になる。

少しだけ風が吹いて、木々が揺れて、目を閉じている名前さんの上に木漏れ日がゆらゆら光る光景がすごく綺麗だった。
俺も深呼吸して、ポカポカ天気のいい空をゆっくり見上げると、青い空に蝶々が1頭。思わず目で追っていくと、それはそのまま名前さんの髪にそっと止まって休憩を始める。

「名前さん、ちょうちょ止まってる…」と手を頭のほうに差し伸べると、「…ん?どこぉ?」と眠そうな名前さんがゆっくり目を開けて、ぱっちりと目が合ってしまう。
見つめあうその一時がすごく心地よくて、なんだか最高の1日になりそうだったんだ。

このあと、ちょっとした事件が起きるまでは。

[ 126/134 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]





小説トップ
- ナノ -