02

「まあまあ、とりあえず怪我は無かったかな、麗しいお嬢さん」と、私に恭しく手を差し出すのは、ドラルクと呼ばれていた吸血鬼だ。
その手を取ろうとして、怪訝な顔で躊躇ってしまう。
…だって吸血鬼なんだよね?

私の表情に気づいた吸血鬼が、
「失礼。私は吸血鬼のドラルクと申します」と、私の手の甲にキス。
な、なんなのこの吸血鬼は…と引いている私に、ロナルドさんが「そいつはどうしようもない吸血鬼だが、一応害は無いぞ。大丈夫だ」と説明し、
「俺はヴァンパイアハンターのロナルドだ。もし何か相談があったら事務所に来てくれ」と親指を立てる。

「…ありがとうございます。ロナルドさんのことは本で知ってます!助けて頂いて…ありがとうございました」とお礼を言い、流れで「私は名前と言います」と自己紹介。
「名前さん…素敵な名前だ…」と私のうなじあたりを美味しそうに見つめるドラルクさんの視線を感じてビクッとするが、ドラルクさんは同じくその視線に気付いたロナルドさんに蹴りを入れられて再び砂の山になっている。
…この吸血鬼は何かの衝撃ですぐ砂になるわけね、なるほど。
で、この二人はいいとして…。

「あの、そちらの人にも助けて頂いたので…」と、さっきから二人の後ろに隠れてオドオドしているハンターさんを横目で見る。
「ああ、こいつは俺の仲間のハンターです」とロナルドさん。
促されて前に出てきた彼が、「あのっ、俺はサテツです…」と自己紹介。

ふむ、なるほど。サテツ…さん。
このデッカイ身体と強面な顔を見ると年上のような気もするけど、気が小さそうな態度を見ると年下のようにも見える。
…でも、あんなに反射的に、コンクリートの塊から人を庇えるなんて、今はこんなにアワアワしてるけど、芯はしっかり強いんだろうな、なんて。

「サテツさん…も、ありがとうございます。背中、けがしてないですか?」と、やっぱり気になるのは背中のこと。
「俺は大丈夫です。かすり傷なので…」と目を伏せ、その後決心したかのように、
「…それより、すみません、あの…、」と、例の「事故」について触れそうになるので慌ててこちらも話題をチェンジ。
「す、すみません、それより、誰か手を貸していただけると!」

…別にただの偶然だし、そのくらいのことでショックを受けるような年齢でもないし。
正直言うと、照れているサテツさんにつられてしまい、例のキスを思い出すとなんだか甘酸っぱい感情になってしまいそうな自分がいたからでもあるけれど。

結局、ドラルクさんに手を引かれて再び起き上がった私だが、立ち上がった瞬間、膝と足首に走るズキンとした鈍い痛み。
「あ、」と自分の足を見ると、膝を擦りむいたのに加えて足首も捻ってしまったらしい。膝の部分のストッキングは破れて伝線し、血が滲んでヒールも片方折れてしまっている。

「これじゃあ歩けないな。とりあえずすぐそこが事務所なんで手当てしますよ。そしたらそのあとは……おい、サテツ、お前家までおぶって行ってやれよ。」とロナルドさん。
えっ?と思わず顔が赤くなりかけて、まずいまずいと心を落ち着ける。ちょっと弾みでキスしちゃったくらいで意識するとか、本当に中高生じゃないんだから、とドキドキ跳ねる胸に手を当てる。

…まあ実際、こんな状態ではとても歩ける状態ではなく、タクシーも拾いづらい。幸い家も歩いて10分程度だし、ここはお言葉に甘えて、家まで送ってもらって、お礼を言って終わり。そうしよう。

「…じゃあ、すみませんが、お言葉に甘えて。」と鞄を拾って肩に引っかける私の腕を、ドラルクさんが軽く支えてくれる。
…さっきから、わりと紳士なのよね、この人。
時々物欲しそうに膝の傷を見つめるところがたまに傷だけど…と、吸血鬼に対する偏見を反省していたその矢先に、

「そういえば腕の人と名前さんはさっきどうして熱烈にキスしてたんだ?」

と、当のドラルクさんが爆弾を放り込む。

こ、この吸血鬼…。
せっかくみんな大人になって何も無かったことにしようとしているというのに…。
「お、おいドラルク!やめろって…」と止めるロナルドさんも頬を赤らめて半笑いなことに、この人も中学生メンタルじゃないの…と、ピキっと青筋が立ってしまうが、そんな空気が読めない吸血鬼はさらに続ける。
「押し倒してキスなんて交際している者同士がやることではないのか?」と小首をかしげるキョトン顔に、思わず、あれはねえ!ただの事故でむしろあなたが…と反論しようとしたところ、思いきり身体が浮き上がるのを感じて思わず上がる悲鳴。

「ぎゃあ!なに!?」

見ると、サテツさんが思いきり私を持ち上げて、荷物みたいに肩に抱えあげていた。
な、に、これ!?

「すみません!!俺が悪いんです!」と真っ赤になった顔で、片目は涙目。
「いいって!あれは事故だから!それに本当はあのドラルクさんが…!」と慌てる私の声はまったく彼には届かない。
「俺、ちゃんと家まで送ってきますから!!」と涙目で宣言したサテツさんは私を抱えて走り出す。

「ちょっと!待って!どこ行くの!ウチ分かるのぉ!?」と叫びながら、遠くなっていくドラルクさんたちを振り返ると、白目で口をあんぐり開けるロナルドさんと、笑顔でハンカチを振るドラルクさん。
あ、靴はあそこに片方落ちているし、鞄の中身もポロポロこぼれている…。

まったく…とため息。
…サテツさん、いや、サテツ君。
事故のキス一回でパニックになっちゃうなんてやっぱり年下かも。
かと思えばこんなに猪突猛進なところもあったりして、気弱な性格の裏に隠してるものもありそうね。
なんだか、興味わいてきちゃうじゃない…。と揺れる後ろ髪を見つめて、
「…私の家ならそこの角を左ね…」と、呟いたのだった。

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