03

夜明けちょうど。
夜明けは俺の好きな時間帯だ。

まず聞こえるのは鳥の声。
遠くから一羽二羽と増えていき、時折木々の枝を揺らしながら遠ざかる。

次に閉じた瞼の向こうでもぼんやり感じる白い朝日の光。
まだ強く届いていないのにもかかわらず、こんな森の中の漆黒の夜に少しでも差してきた白は目映いほどだ。

次に左手を伸ばして、布団のすぐ横の手が届くところに布でくるんで置いてある銃を触って確かめる。冷たくて固い感触だが、触れてようやく安心するのだ。

同時に反対側に伸ばすのは右手。
横で眠る女の頬に軽く触れて、そこにいることを確かめた。

銃から離れるなというのは戦争前からの持論だ。
銃だけが自分を守るもの。自分を表現するもの。
だから自分も銃を守らなくてはいけない。

寝るときも常にそばに置き、目覚めたらすぐに確認し身につける。何年もしてきたため今では無意識に行っている朝の習慣。
そんな朝の存在確認の習慣が一つ増えたのは、つい最近だ。

頬に軽く触れたくらいでは起きずに、口を少し開けてスヤスヤと眠っている名前をしばし観察。
こいつが起きているときにはこんな風にまじまじと見たことはない。いや、見れるわけがない。

普段は割と落ち着いていることが多く、派手な服装も好まない。よく知らないが、化粧も薄く紅を差すくらいだと思う。
けれど少しだけ紅を差すと肌の白さも髪の黒さも際立って、相乗効果が増して一層……というのは、出入りする街の商人が言っていた、ということにする。

まぁ、こいつが本当に引き立つのは仕事をしているときかもしれない。自分で職を持ち、金を稼ぐ。
日々を自分の力で生きているこの女は「新しい女」なのだと思う。まぁ、それだけに多少気も強いが。

だが、その中に時折見せる冷たさや暗さがあることにも気づいている。
どんな過去を生きてきたのかは知らないし聞かないが、そんな部分でさえ薄く差す紅のようにこの女を引き立てていることに本人は気づいているのだろうか?
あるいは、そんな部分に興味を示すのは、俺のような「同類」だけなのか。

名前の首筋に顔を寄せ、すんすんと匂いを吸い込むと、練り香水なのか、こいつの匂いなのか、甘くしっとりした香りがする。
くすぐったかったのか、弾みで名前が身じろぎした際にはらりと髪束が落ちて、小さな耳が露わになった。

まだ、目が覚めない。
昨晩は少し苛めすぎたか。

どうせ眠っていて聞こえないのならと、何か、をその耳に囁きかけて、やめておく。
餓鬼じゃあるまいし、言葉には何の意味もない。
大人同士、お互い何も言わずにこうなったのだから。

それにこの感情に名前を付けると後が大変になりそうなのは、自分でも悟っている。
もう、手遅れなのも、悟っているが。

代わりに気持ちよく眠っている名前の鼻を一瞬だけ摘まんでやると、規則的な寝息が一瞬止まり、ぷはっと口で酸素を確保。同時にはっと目が開き、天井を見つめて何が起こったのか目を白黒させて思案顔。

笑いを噛み殺しながら名前をこちらに抱き寄せる。

「起きたか」
「お、がたさん。おは…よう…ございます…」
名前は一瞬ビクッとしたが、すぐに努めて冷静に朝の挨拶。なるほど。
その心は(何だか変な動きをした気がするが…見られていなかったかな?)だろう。

「お前、鼻提灯出してグウグウ寝ていたから起こしてやったのだぞ」
「えっ?!うそっ…いやだって!でも違う…!」
両手で鼻を押さえて赤くなったり青くなったりしながら必死の弁解。まあ良い。こんな形で苛めるのは今ではなくても。

「冗談だ。グウグウ寝ていたのは本当だが。」
「も、もう…!からかわないでください!」
ほっとしながらも、珍しく自分が俺の腕の中で抱き込まれている状態に若干戸惑っている。

「まだ夜明けです…尾形さん…起きるの早いですね」
「昨夜は適度に運動したせいか、目覚めが良くてな」
「………」

その「適度な運動」のせいで自分が熟睡してしまっていたことにようやく思い当たったのか、頬を赤らめながらもジトッとした目で睨んでくる。
そんな反応ですら……なんぞ、言わないが。

「まだ寒いな」
「そうですね…もう起きるなら、もう少し火を起こしましょうか?」
そう言って腕の中から抜けて布団から出ようとする名前を、もっときつく抱きしめて引き止める。

「それより俺は朝の訓練がしたいのだがな」
「朝の訓練?」
(今までそんなのしてましたっけ?)と眉をひそめて尖らせた唇に、軽く噛みついたあとペロリと舐めてやる。

どんな訓練なのか察した名前は即座に後ずさろうとするが当然逃げられる訳がない。

「だって、だって昨日もう…!」
「昨日は昨日だ。お前は訓練は毎日するものだと知らないのか?」
「まいにちっ?いや、昨日適度な運動したってさっき…」
「適度では訓練にならんのだ。少し厳しいくらいでなくては」
「あの、あのっ!…」

適当な理由で追い詰めながら、名前の顎を掴み引き寄せた。

「ん、っ…」
「……」

その口づけは自分でも驚くほど優しくて甘い。全くもって柄ではない。
唇を軽く挟み、開いた唇の隙間から歯列をなぞって、固く閉じた歯を舌でトントンと叩く。それに応じて僅かに開いたところに舌を入れて、ゆっくり口内を楽しんだ。
粘膜を舐めて、逃げる舌を絡め取って、舌同士を合わせて。

しばらく楽しんだあと顔を離して名前を見つめると、そこには俺と同じで上がった温度と欲。
これから何が始まるかは、お互い言わなくても分かっている。

夜明けは大好きな時間帯だ。

もう一度口づけて、今度は名前から舌を出すように目で合図して、おずおず入ってきた舌に吸い付いて味わった。

夜明けの終わりは、痺れるような甘い味覚で幕を閉じるのだ。


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