ヒートアップ微熱ナイト

押し付けられている唇が一瞬離れたら、角度を変えてもう一度。示し合わせたみたいに同じタイミングで息継ぎをして、再び唇が重なった時には舌が絡まっている。ついさっきまで、二人でテレビを見ながらお喋りして、笑いあっていたのに、キスの始まりって本当に不思議だ。

初めは冗談めかして少しだけくっつけていた身体が、いつの間にか逞しい腕に引き寄せられて。少しだけ期待を込めて建人を見上げてみると、それに応じて少しずつ顔が近付いてくる時の、あの空気。気恥ずかしいような、それまでのカジュアルな空気が変わっていく、少しの違和感のような。

さっきまで見ていたテレビ番組の音声が、今はただの背景のざわめきみたいに聞こえて、一気に世界が2人だけのものになったような感覚だ。お互いの吐息だけが間近で聞こえる静かな世界。会話だって一言もなくて、視線だけが言葉になる。0.1秒だけ視線がぶつかっただけなのに、全て理解したみたいに歯列を割って入り込む舌の温度にさえ身体が溶けていくみたいだ。

支えられながらゆっくりと押し倒されて、革張りのソファに身体を預けると、すぐに建人も上から覆いかぶさってくる。

「貴女……蕩けた顔してますね」
「……キスするの好きだもん」
「そんなにですか?」
「うん、セックスよりも好きかも」
「……『よりも』という点に同意はしかねますが」

複雑そうな建人が、今度は触れる程度の軽い口付けを何度か。でも、そうしている横で右手がサイドテーブルの上を何回か往復するのが見えて、その後すぐにテレビの音がプツンと消え去った。掴んでいたテレビのリモコンの先端で、今度は照明のリモコンを器用に押してオフにしてしまうと、ささやかに飾っていたクリスマスツリーの灯りだけが残って、正真正銘の2人だけの空間。

「横着したでしょ」「いいえ?」なんてクスクス笑いながらじゃれ合っているうちにまた唇が重なって、指も絡めて。ベッドの上で繋がったまま、本能のままに唇を貪っているのも悪くないけど、こうやって、お互いの理性が八割くらい残っている時のキスは格別だ。これから、だんだん上がっていく熱を期待しながらするキスが。

頬を撫でていた建人の手のひらが首筋をなぞって下りていき、私のシャツの襟元に指一本かけた瞬間、ふと一旦停止する。そして、(事前通告です)とでも言うかのように、深い口付けが落とされる。だんだん熱くなってきてぼーっとする視界の端で、二本の指が私のシャツのボタンを上から外していくのを見守る。三つ目のボタンが外れたところで、はだけたシャツの隙間から手が侵入してきて、肌を溶かすみたいにゆっくり撫でられる感覚に目を閉じた。

「……こんな時に言うのも何ですが、思い出したので」と首筋を唇でなぞりながら、躊躇いがちな声で建人が囁いた。

「……ん?」
「……多分、今、避妊具切らしてます」
「んん?!」

少しだけバツが悪そうな建人がゴホンと咳払いして、「……すみません」と絞り出す。

「あ、でも私のポーチの中にあるかも」
「それは先日既に。……ほら、あの時」
「あ……」

顔を見合わせてから、同じタイミングで目を逸らしたのは、「あの時」のことを具体的に思い出してしまったからだろう。なんとなく気恥ずかしくて、急に冷静を装って「……今日は仕方ないですね」「そだね」なんて会話をしながらも、一度くっつけた身体を離しがたいのはお互い同じようだ。

「まあでも、貴女はキスのほうがいいんでしょう。今夜はそれだけしますか?」と意地悪く笑う建人を小さく睨みつけて、「なら、たくさんしてよね」とぼやくように返したけれど、面白そうにははッと笑う建人が余裕綽々そうなのもちょっと悔しい。

「拗ねるなよ。ほらこっち向いて」

わざとむうっと唇を尖らせて建人のほうを向くと、クスクスと笑いながらあやすみたいな口付けが落ちてくる。その隙を捉えて建人の首に腕を回して引き寄せて、もっと深い口付けをおねだりしてみると、カプリと唇に軽く噛み付かれたあと舌が入り込んでくる。自然と甘い声が漏れてしまって何だか恥ずかしい。思わず逃げる私の舌を追いかけるみたいに建人の舌が口内を動いて、捕まえたら思い切り吸って舌同士を合わせて、もう、まるで、

「……ッそのまま。そのまま、ここにいてください」
「へ??何?」
「……コンビニ行ってきます」

すくっと身体を起こした建人は、ポカンと見上げる私を一瞥もせずに立ち上がって、緩んだネクタイを締め直しながら歩き出す。そうしてリビングのドアに手をかけてから、やっと振り返って、「すぐに戻ります。絶対にそのまま動かないで。後で続き、しますから」と念押しだ。

冷静に、だけど足早に家を出ていく建人の足音を聞いて思わず笑いが込み上げる。ロマンティックな空気を自ら中断するなんて珍しい。でも、そんなにしたかったのかしら、という言葉は、今日の私には特大のブーメランで返ってきてしまうので、大人しく建人の帰りを待つことにしたのだった。



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