07

「隣町で人に会って用を済ませてくる。二晩ほど戻らないから、気をつけて過ごせよ」と、言って尾形さんが出かけていった。

まあしょっちゅうどこかに出かけていくし、一週間くらい帰らないのも当たり前。もともとは一人暮らしで一人で過ごすのも慣れたもの。

何より、今日の尾形さんの空気はそこまで張りつめていないし、昨夜銃の手入れをそこまで時間をかけてしていない。
「何か」があるときはそれはもう長い時間をかけて熱心に銃の手入れをして万全の状態で出て行くのだ。

危険な仕事ではなくて街で情報収集かな?なんて考えて、刺繍をしながら「はーい」と生返事をして送り出した。

どうせ二晩も戻らないなら今のうちに家事をこなそう、と考えて、刺繍の仕事以外に掃除と洗濯も片付けることを決意。そんなこんなで1日忙しく働いたあとはすっかり疲れ切ってしまっていた。

***

夜も更けて、さて、そろそろ寝るか…とさっぱりとした寝間着に着替えて早めに布団に入って目を閉じる。

「……」

だが、何故だか目が冴えて眠れない。
普段は横に尾形さんの寝息があったり、温もりがあったりして、そんなことを感じているうちにすうっと寝入ってしまうのだけど。

いつの間にか隣に尾形さんが居るのが当たり前になってしまっていた自分に気がつき、暖かいような甘酸っぱいような感情になってしまう。

(この、日常に溶け込んできてる感じ、危険だなあ。)

そう、尾形さんが日常に溶け込めば溶け込むほど、私の生活の一部になればなるほど、失ったときの空っぽの空間が、滲みるように痛むのだろう。それは、これまでの人生で経験済み。

(だから深入りしたくないんだけどな)とため息をひとつ。
今はお互いになんとなく一緒に居るのが心地よいというか、面倒くさくないというか、まあ気が合うのだと思う。だからお互いが今こうして過ごしている。そこにお互い約束も作らないし、言葉で確認しあったりもしない。

だけど二人の間に存在する空気は確かに暖かいもので、それが何かと聞かれたら分からないが、そこにある空気は真実なのだと思う。
それに、私は尾形さんのこと、嫌いじゃないし。
というか、まあ。

なんてことを考えていると、ふと横の尾形さんの布団が目に入る。そういえば、今朝は少し寝過ごしたのかバタバタ着替えて出て行ったんだった。
くしゃっと乱れた布団を見て……ふと、邪な感情が胸に浮かぶ。 

(今日だけこっちの布団で寝ちゃおうかな…)

この家に高熱で転がり込んできた時から、なんとなくこちらの布団が尾形さん用になっている。もともと、得意先の布団屋の娘さんのお祝いに、刺繍の入った敷布を贈ったお礼に頂いた、わりと上質な布団なのだ。

さるお金持ちの商人が、我が儘な娘のために特注品として作らせたものの、柄が気に入らなかったらしく、お代は二倍払うから代わりのものを、と未使用のまま返品されてきたものなのだ。
そんなわけで私の手に渡った高級布団は、私も使わぬまま尾形さん用になったというわけだ。

誰が見ているわけでもないのに、すっ…と忍びのように身体を滑らせて尾形さんのほうの布団に入ると、(うわっ、やっぱりフカフカ!良い!)と、力を抜いて目を瞑る。
(やっぱりこっちでこっそり寝ちゃおう…)と心に決めて、ふう、と息を吸い込んだ。

すると、慣れた香りがフワッと一瞬漂い、胸がドキンと鼓動する。

(尾形さんの匂い…)

布団の中を手でまさぐると、寝間着にしている浴衣が引っ張り出される。いつもは軍人らしくキチンと畳んでいるのだが、今日は慌てて寝床に残していった模様。

思わず、ぎゅっと抱きしめてしまった。
本当はいつも、隣で眠ってほしいのにな…。と胸が切なくなり、ついつい浴衣に顔を寄せて匂いを吸い込む。たった二晩いないだけなのに…と甘ったれな自分に恥ずかしくなりながらも、抱きしめた浴衣が尾形さんだったらと想像する。

(早く寝ろよ)と諭す声。
たまに、(夜更かしの隈はできたら取れないぞ)なんて冗談言って脅かしたり。
それから、機嫌が良いときは瞼に優しく口づけを一つ。気まぐれでその口づけは頬になったり唇になったり。そして、その口づけが深くなって、火がついて、止められなくなったそんな夜は…。

(あ…) 

カッと、顔に熱が集まる。
身体の芯から、とろりと蜜が溢れるのを感じて心臓がドキドキ跳ねてしまった。やだ…想像してただけなのに…。まずいまずい。もういいから寝よう。

…という思いとは正反対に、手は勝手に浴衣の合わせ目をかき分けて自分の胸へ。
あ、どうしよう。こんなの…。

胸を包み込み、そっと撫でる。撫でながら中心の突起を少し掠めて……こんな、感じ、だっけ?
尾形さんの大きくて筋張った手を想像して目をつぶると、そっと中心を指で転がして、膨らみをやわやわと揉む。

息があがって、手は自然と下へ。
少しだけ脚を開いて、薄い寝間着の上から太ももの奥に触れると、そこはもうじわっと濡れていて、その事実に一気に温度が上がる。

(もう、こんなになってるぞ?)

と囁く尾形さんの声が聞こえるようだ。
ああ、もう!と自分の中の背徳感や羞恥心としばし格闘していると、またも、(素直じゃないな)という声が頭の中で聞こえて、くるっと身体を返して俯せになって枕に顔をうずめて強く耳を塞いだ。

そう。ギイ…とかすかに開いて鳴った木戸の音に気づかないくらいに。

荒い自分の呼吸で苦しくなってきて、再び仰向けになって天井を見ると、

「尾形さん……会いたい…」

と、ついに気持ちが漏れ出てしまう。

会うもなにも今朝まで会っていたのだが。
疼く切ない気持ちは身体にも伝わってしまい、思い切って再び手を下に伸ばして、寝間着の上から小さな突起を刺激すると、鈍い刺激が甘く広がり、一気に身体の中心が溶けるのを感じた。

尾形さんの指を想像して、優しくそこを擦る。
いつも、緩急をつけてじっくりそこを転がして、トントンとごく軽く指で叩いて、私が好くなると少し止めて。

(尾形さん…意地悪…)

普段の動きを思い出しながら、少し強めにぐっと押すと、思わず「っ…あ、や…」と声が出てしまう。

するとそこに、

「……イヤラしい声出してるな」

という尾形さんの声。

「っ…だって、尾形さんが…」そう、声に出して返事して……思考が、停止する。…尾形さんの、声?

ガバッと上半身だけ起き上がり見上げると、壁にもたれかかった尾形さんが木戸の近くで腕組みをしながらニヤニヤこちらを眺めていた。

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