あれはおそらくまわしげりでした

なまえが教室の扉を開けてから開口一番の言葉に、姫川は内心ちょっと、ほんのちょっとだけ傷ついたのだが、傷つけた当人には知る由もない。

「うげ、今姫川一人かよ……」
「なんだ不満か、不満そうだなオイ」
「お付きの人いると思ったからこっち来たのに」
「逆だろ。姫川さん一人だけじゃんチャーンス!…ってなるとこだろ普通」
「え、ちょっとなにいってるかわかんない」
「テメエ……」
「だってセクハラ全部引き受けてくれるし」
「お前には何もしねえよ」
「ソファの背もたれに回した手をどけたら信用してやる。」
「………チッ」
「ほらな図星。…よいしょっと」
適当に散らばった椅子に座り、手持ちの袋からパンを取り出した。
「待て、いくら何でも遠すぎだろほぼ端と端じゃねーか」
「無問題」
ツーンとそっぽを向いたままパンを頬張るなまえ。姫川はそれを恨めしく睨みつけている。
「………」
あぐあぐ。
「………」
あぐあぐ。
「………」
あぐあぐ。もぐ。

「!!!」
二個目を口に入れた瞬間カッと目を見開き、なまえは椅子から立ち上がった。勢い余ってその学校椅子は派手な音を立てて倒れるがそんなことお構いなしになまえは姫川の方にずんずん歩いていく。真面目くさった顔で正面に立たれるので姫川はちょっと戸惑った。
「おいなまえ、何か用…モガっ!!」
突如勢い良く、アップルパイを口に突っ込まれた。怒鳴ろうと口を動かそうにも、そのエネルギーは全て咀嚼に回されてしまい、姫川は結局口の中のアップルパイをしっかり噛んで飲み込むまで何も話せずにいた。
「…お前はいきなり何しやがる」
「これさー」
あ?と彼女の顔を仰ぎ見ると。
「…すげえうまいよな……?」
何とも幸せそうな顔で溜め息をついていた。
「あー確かにな」
「生地はサクサクでリンゴは甘すぎず爽やかな味、でもちょっぴりシナモンがきいてて上品にまとまってて、」
「…お前そんなにアップルパイ好きだったか」
「え?いや普通、だけどアップルパイってさ、なんか店の味が出るっていうか、どこにでもあるからこそ比較のしがいあるじゃん?」
「ならメロンパンはどうなんだよ」
「あれは、飽きた」
「食いまくったんか」
「あー新しく出てるの購買で買ったんだけどさー下手なパン屋よりかはずっとうまいよーこれ」
「良かったな、よしよし」
「石夜魔の至宝やあー」
話の途中でなまえはソファ、それも姫川の隣に腰を落ち着け、至極嬉しそうにパイを食べ続ける。どさくさに紛れて姫川が頭を撫でても全く気にしていないようで、拒まれなかった姫川もなんだか上機嫌になる。
「あーうまいうますぎ。購買最高。ごちそうさま」
「おう」
「あ、飲み物買ってないや」
「自販機行くか?」
「うぃーっす」
二人は立ち上がって教室を出、飲み物を求めてのらりくらりと歩き出した。やたらベタベタ触ってくる姫川をこの際気にしないことにして、なまえは先ほどの石夜魔の至高の味を思い返して幸せに浸るのだった。



「で、なんで肩に手を乗せる必要がある?」
「(あー気付かれた、)えーと、その場のノリ?」
「まあいい、今日はアップルパイに免じて許す!お前のセクハラも大らかな心で許容してやろう」
「ずいぶんと気前がいい気持ち悪いなまえだな」
「だろ?」

ゴスッ

「ぐぉ、お……!!今、許すって……!」」
「ただし肩まで、腰はアウトだ」
「この野郎………」




ゴスッて響き好きだわー

20110220 筆


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