神崎組との日常

「むー………」
ボタンを押す指はなかなか定まらない。あっちへ行き、こっちへ行き、上へ上がり下へ下がり、左に迷い右に悩む。
なぜか普段通りに「なんとなく気分で」選ぶことができない。どれも刺激的で真新しく、どこか普遍的で面白みがないように感じてしまう。いや、誰かのウケを狙おうと飲み物を選んでいるわけではないのだが。
タイムリミットを告げるように釣り銭口から小銭が吐き出されたとき(かれこれ三回目だ)、実は自分はさほど何かを飲みたいという欲求もなくここに来たのでは、とようやく気づく。
「あれー?なまえじゃん。何してんの?」
小銭を財布にしまったところで聞き覚えのある声が自分を呼ぶのでなまえはくるりと振り返る。
「あれ、ナッチじゃん。シロとはじめも」
「よう、何してんだこんなとこで」
「何って…飲み物買う意外に何があるのさ」
「じゃあ早くしろよ。待ってんだよコッチは」
神崎は自販機を指差してなまえに諭す。が、彼女は顎に手を当てながら呑気にうーんと唸って、
「やっぱいいや、なんか気分じゃないし」
「お前飲み物買いに来てねーじゃねえか!!!」
神崎に思いっきり突っ込まれた。
「まじで何しに来たここに!!」
「だから、最初は何か買うつもりだったんだよ!」
「じゃあ止めてんじゃねえよ」
「じゃあお前あたしが飲みたそうなやつ当ててみろよ!」
「はあ?ヨーグルッチでも飲んどけや!」
「それはお前の飲みたいもんだろうがあぁっ!!!」
勃発した口喧嘩を前に、夏目はこれでもかというほど爆笑し城山はまた始まったと溜め息もつけず微妙な表情のまま黙している。
「っはは…なまえ、おもしろ…!!」
「ナッチ!あたしは今何が飲みたい!?」
こっちに聞くなと返したくなるような、何とも身勝手で理不尽な質問だと城山は密かに思う。
「あー緑茶にしとけば?緑茶」
「阿呆!この自販機のどこに緑茶があるねん!!節穴!!」
目尻を拭いながら適当に答えた夏目は、なまえの汚い言葉遣いと中途半端な関西弁がツボに入ったらしく一人で腹を抱えて爆笑しだした。
「次!シロ!お前はどれがいい!!」
「俺にふるのか…」
「さあ、選べ!!」
バシンと自販機を叩かれても…自分が飲むわけではないからメリットなんて無いし、第一さっき気分じゃなくなったとか言ってなかったか。何故意固地になってジュースを買おうとしているんだこの女は。
色々思案し無視するという選択肢も存在はしたのだが、この少女自分が答えるまで自販機の前から一歩として動くつもりは毛頭ないらしい。それによってお目当てのヨーグルッチが買えない神崎からの鋭い眼差しが「コイツを早くどかせろ」と無言の圧力として訴えてくるのが耐えられないのでとりあえず城山は無難なものを口にする。
「…ココアとかで、いいんじゃないか」
この状況下で一番危険だったのは実は普通の返答であったのだと、後に城山は理解する。ただ彼には周りに同調する、否、できるほどの勇気も器用さもなかったのだから仕方が無いことである。
一瞬呆けてからなまえがとった行動は、却下と怒鳴るでも言われた通りココアを購入するでもなかった。ただ黙って、城山に歩み近づいていく。
自販機が空いた隙にヨーグルッチを買い振り返った神崎は、その光景に思わず手にした紙パックを取り落とした。夏目も夏目で、口角がやたら上がった下手くそな笑顔のまま凝視している。
そしてその二人より硬直し頭が真っ白になったのが、なまえに正面から抱きつかれた城山本人だった。
「………は」
「なまえっ!?お前、何を!?」
「シロ、あたしお前に会えてよかった」城山はわけがわからず慌てふためく。
「こんな…こんなまともな奴だったなんて!!」
「わ、わかった!わかったからとりあえず離れろ、なまえ」
「ココア選ぶとか、超あたしのこと考えてくれてるわー」
「あっれーなまえー俺はまともじゃないとでも?」
「自販機に存在しないものを勧めるような奴は、まとも言わない」
顔すら向けずにあっさりと否定するなまえに対する夏目の笑顔に段々黒いオーラが増していく。「ふーん………?」という落ち着いた口調と漂う気配の食い違いが甚だしく感じられた。
丁度その直後、城山はなまえに向けられたそれと比べて正視できないほど恐ろしい殺気が自分に向けられているのを感じ、一気に顔が青ざめていく。その発生源を悟ると同時に、城山の心に処刑を待つ罪人のような気持ちが満ちていった――…




「覚悟できてんだろうなぁ、城山………」
「か、神崎さん!?待って下さい!おいなまえ!そ、そろそろ離れ、」
「君を一生離さないなう」
「なまえーーーーーー!!!!!」
「城山ァーーーーーー!!!!!!」


案の定デメリットしかなかった!



神崎さんはわりかしなまえのこと好き。な、はず(…) 日常が出すぎてイマイチ好きです感が出ませんが………

20110220 筆
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