姫川竜也との日常

ソファの肘掛けに足を投げ出したまま、なまえは仰向けの姿勢で雑誌をパラパラ捲る。同じように雑誌を読んでいる姫川にべったり凭れながら。リビングのテレビから夜に放送されていたドラマの録画が流れ、部屋の沈黙をかき消していた。
「…お前なあ」
「んー?」
「腕に凭れられる俺の身にもなってみろ?超捲りづらい」
「んー。」
「………」
彼のボヤキをまともに相手するつもりすら無いらしい、雑誌に視線を向けたままこの世で最も適当なんじゃないかと思われる程簡単な相槌だけで済ませてしまった。というのも、彼女の耳はBGMとして流れるドラマの登場人物の声を拾うのに必死で彼の声なんて窓から遠く聞こえる車のエンジン音等外の喧騒と同じものと認識してしまっていたからだ。雑誌を読みながら、ドラマの内容を理解する。それらのことに脳を駆使していたので言葉の意味は半分も理解していない。かなりぞんざいな態度を同居人に向けていたのだった。仮に少しでも反省が見られれば頭をずらすなり姿勢を起こすなりするし、そこまではしないでももっとまともな返答、例えば「だろうね」と茶化したり「ああごめん」と反省の色無しに謝るなんかを姫川は期待していたわけだから、予想以上に適当な返事には、まあ当然のように怒りを露わにした。
「ふんっ」
「あ、ああうわわっ…と」
彼女が凭れていた腕を思いっきり振り上げてやった。それに引きずられてなまえの頭がずるずるずり落ち、姫川の太ももの上に転んだ。下敷きになった雑誌を何回か引っ張って抜き出し、足の上からテーブルへと置き場所を変えた。姫川はちょっとしてやったり顔でなまえを見下ろすが、当の本人はふーやれやれといった感じで気にすること無く雑誌を構えて読むのを再開しようとする。まったくもってふてぶてしい奴だ。そう感心したのも束の間でやっぱり苛立ちがこみ上げてきた。なんたって今なまえは自分の膝枕よりも雑誌の内容に心を惹かれているんだから、なんだかこう、許せない気分である。何を、とは言わないけど。
ちょっと前屈みになって、読書の邪魔をしてやろうと腕を彼女の顔に乗せた。押し潰そうというわけではないので、単に軽く触れるか触れない程度浮かせて目を覆っただけだったが、途端に彼女は呻いて無駄に足をじたばたさせた。
「た、竜也っ見えん、読めん!」
「はっ、悔しかったら透視してみろっての」
「お前がどけばいいんだよ!はーなーせー」
「やーなこった」
雑誌でバサバサ叩かれてもぐいぐい引っ張られても、姫川の腕が剥がれる気配はない。ただ乗せているだけだがなまえが抵抗すると、それに合わせて力を込め腕が動かないよう固定し続けた。何故自分が邪魔されているのか不思議だったがどうせ大した理由なんて無いんだろう、なまえもなまえでそんなじゃれ合い程度の攻防をしばらく楽しんでいた。
やがて諦めたように手探りで雑誌をテーブルの上に乗せ、腹の上で空いた手を組んだ。雑誌にそれ程執着があったわけでもないので寝る体制に入ったらしい。もう片方の手でページを捲るという尤もな対応をしていた姫川は何も言わずに乗っけていた手でおでこや、側頭部を撫でつけた。
「何、お前眠いわけ?」
「見えないから暇なんですぅー」
「あー悪かったって」
姫川が腕を上げようとすると
「眩しっ」
と言って腕を両目に押し付けようとする。
「寝る気だろ、お前絶対」
「いや、耳はまだ働いてる」
「あーハイハイソウデスカ」
めんどくさくなったので腕はそのままに、雑誌を読み続けた。部屋にはまたドラマの音だけが満ちていく。起き上がって普通に見ろとは思ったが、姫川は何も言わないことにしておく。
頭を弄り尽くし、なまえの読んでいた雑誌も半分ほど読んだあたりでドラマは次なる山場を匂わせた状態でエンディングを迎えた。曲と一緒にキャストの字幕が流れていく。
「おいなまえ、終わってるぞ」
「………」
「なまえ?」
「………すぅ」
「あー…やっぱりな」
口がちょこんと開いて、そこから寝息がすーすー漏れていた。危惧していた通り、見事になまえは寝ていたのだ。姫川の腕を掴んでいた手もソファからごろりと落ちてしまっている。
「…ったく」
溜め息をつきながら立ち上がり(なまえの頭がごろんと投げ出されたが彼は気にしないで歩いた)、彼女の部屋からタオルケットを持ってきて彼女にかけてやった。非常に面倒で誠に遺憾であるが、ここは一つ親切心からコイツが風邪をひかないよう配慮してやってもいいだろう。
わざわざなまえの頭を膝に乗せ直してまで姫川はさっきと同じように座った。無防備な寝顔に思わずくすりと笑みを零してまた雑誌に集中する。テレビも切って、そこにはパラリと紙が折れる音と、くーくー吐息が漏れる音だけが響いた。



ザ、日常。


20110226 筆

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