20150131


「あっ」


まずい、と思った時には既に遅かった。彼女の手から滑り落ちた白い箱は部室の床にぶつかって、中の物が大きく揺れる嫌な音。あかん、やらかした。呆然と落ちた箱を眺める彼女を目の前にして、心臓の音が警鐘を鳴らすように大きくなっていく。何か、何か言わんと。それは謝罪の言葉であるべきなのは本当は分かっていた、しかし口を衝いて出るのはそんな意図からはかけ離れた彼女への辛辣な言葉ばかりだった。


「なっ…んやねん、キミが急に腕掴んでくるからやろ!?だいたい、ボクそんな甘いもん好きちゃうねん口ん中ムカムカするし、無駄に脂肪付くし、ケーキィ?ププッ、キモッキモッ!そんなん他の奴らと仲良しこよししながら食べたらええやんか、何でボクが付き合わなあかんの?そんなくだらんイベントごっこに巻き込まんといてくれるゥ?」


言い切ってから後悔しても遅いのに。胃が重たくなって、体の先が冷たくなっていく。それなのに血は燃えるように体じゅうを巡って、熱い。全身がじわりと汗ばんだ。
嫌われたくない、軽蔑されたくない、と身勝手なことを思った。けれど、傷ついたことを隠しきれない下手くそな笑顔を向けられた今の方が、怒られるよりももっと嫌だった。


「ごめん、勝手なことして」


何も言葉を発せないまま彼女がしゃがみ込む。ペリ、と丁寧にシールを剥がしてそっと中を覗いた。四方に跳んだ赤い苺と、箱の隅に付着した白いクリーム。今や胃の重みは鉛を飲み込んだように感じるまで増してしまっている。逃げたい、と思った。
腕を掴んだ彼女が悪いと言ったが、全くそんなことはない。わかってる、わかっているのだ、そんなことは。何かを期待している自分への吐き気を押しとどめながら一目散に帰ろうとして、いざ期待した何かがあれば心が浮き足立つ気恥ずかしさに堪えられず、彼女を振り払って、結果がこのザマだ。自分はどうして、こんなにも下手くそなんだろう。


「どうするん、そのケーキ」


持ち上げられた白い箱。その中にはきっと、どうしようもないくらい形を崩した、苺のホールケーキ。


「捨てようかな、勿体無いけど」


どきん。心臓が一層激しく高鳴って、悲鳴をあげた。


「すて、る」
「うん…ぐちゃぐちゃすぎて、先輩たちにも、食べてもらうにはちょっと…」


アカン。そう思った時にはすでに言葉が口から飛び出て、ついでにボクの腕も勝手に伸びていた。

走って、逃げた。あの子の泣きそうな困った笑顔から、何もしてやれない自分が惨めになる空間から。部室を飛び出して、もつれそうになる足を必死に動かして。停めてある自分の自転車の傍らにしゃがみ込んで、その時自分の手があの箱を掴んでいることに気づいた。
そっと箱を開くと、やはりホールケーキの形は崩れたままだった。そのてっぺんに、チョコレートのプレートが乗っている。ホワイトチョコで『御堂筋くん誕生日おめでとう』と書かれたそれを、そっと指で摘んで、噛んだ。


「…甘い」


ビターのチョコレート。
指で少しだけ掬った生クリームはくどくない、控えめな味だった。


「なんやねん、キモいわ」


今ごろあの部屋で一人で泣いてるんか。ボクには拭うこともできひんなみだを流しとるんか。

慰められないことも、本当は少しだけ嬉しいと思ったことを伝えられないことも、あの子に何もしてやれないことも、全部。なんで、なんでボクは上手くいかんの。


「…キモいわ、ボク」


背後から聞こえるボクの名前を呼ぶ声から逃げるように、慌てて自転車に跨った。






20150131 誕生日おめでとう!









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