まちぼうけのあさ 後



駅の改札がよく見えるところで立ち尽くす。日曜日だから普段よりも人の流れはゆっくりだ。薄暗い朝からずっといたけど、今はもう陽が高く登って、行く人は早ければもうお昼ご飯を考えて辺りを歩き回る時間だ。
朝は寒いと思っていた薄手のコートも、暖かくなってきたら汗が滲むようになって、脱いで腕に引っ掛けた。何度目か分からない、改札から出てくる人並みにやっぱり彼の姿は無くて、それでも、もしかしたらという期待を拭い去れないから、また知らずのうちに溜息が漏れる。

コートから鈍い振動が伝わって、そういえばポケットに携帯を入れたままだったことを思い出した。
取り出して画面を確認すると、メッセージの通知が一つあった。差し出し人は、荒北さん。


会えたか?


荒北さんには、この日朝早くに駅に行って捜してみるということを言ってある。なにせ絵葉書を一緒に見て、日付らしき数字を見つけたあの時に決めたのだから。心配してくれているみたいで、少し嬉しい。


まだです


と、短く返す。
最初空港まで行こうとしていた私に、千葉か東京か分からないから自分の最寄り駅にしとけ、とアドバイスをくれたのは荒北さんだった。
メッセージにはすぐ既読の文字がついて、間を置かず次のメッセージが送られてきた。


あんま遅くまでいんなよ


その保護者のような言葉に、思わず笑ってしまった。

多分、荒北さんはこのことで責任を感じているのだと思う。こうして今多少の無茶をしながらも彼を捜しに来たきっかけは、数字の謎を解いてくれた荒北さんがくれたものだから。私は感謝しているけれど。会えたらそれが一番良い、でも会えない可能性だって勿論ある。そうなった時私は絶対にがっかりして、今日の努力も無駄になってしまうけど、荒北さんを責めるつもりなんて無い。それでも、荒北さんはきっと負い目を感じるのだろう。だからぶっきらぼうにも、私に言葉をかけてくれる。とても優しい人だと思った。


はい、ありがとうございます!


メッセージにはやっぱりすぐ既読がついた。
返事の代わりに、眉間に皺を寄せてむすっとしてるキャラクターのスタンプが送られてくる。私が夜遅く、それこそ終電までここにいようと思っていること、バレているだろうな。敢えてあまりうるさく言わないのもまた、あの人なりの優しさなんだろうな。
そんな近すぎず遠すぎない距離にいてくれることも心強くて、感謝の気持ちを込めて泣きながら喜んでいる顔のスタンプを送っておいた。実は一人一人にちゃんと名前があって、そのうちのコニーとブラウンという名前が何かの漫画にあったような気がするのは完全に余談だ。

人の足音が多くなったのに気づいて、はっと顔を上げる。到着したらしい電車から降りた人は、もうほとんど改札を出てしまっていて、最後の一人が出るのを見たけどその人は案の定御堂筋くんではなかった。
ふう、と重くならないように、でも確かに一つ溜息。御堂筋くん、今どこにいるのかな。まだ飛行機だろうか、日本にはもう来ているのだろうか。静岡にはどうやって来るのだろう、迷子になっていないかな。私を見つけてくれるかな、私は本当に見つけることができるかな。

ぶーんと携帯が振動する。突然の電話、出ようか一瞬迷う。非通知から。非通知からの電話は大抵が気にも止まらないような勧誘だったり、いたずら電話だったりする。普段なら鳴り止むまで放っておいたであろうそれに、私が出たのはほんの気まぐれだった。次の電車が来るまで少し時間があるから、なんて軽い気持ち。


「はい、もしもし」


雑音がひどいな、と思った。ブラウン管テレビの砂嵐みたいな、常に乱れているようなものがスピーカーから聞こえる。相手は喋っているのだろうか。


「もしもし」
「………」


特に声はしない。何かの勧誘ならもう相手は喋っているはずだ。ということは、いたずら電話なんだろう。切ってしまってもいいだろうか、どうせ今更何かを喋ることもないだろうし。それにしても雑音がひどい。人の多いところからかけているんだろうか。
迷っていると、その電話はプツンと音がして、無機質で抑揚のない電子音がしばらく続いた。どうやら、向こうが先に切ったらしい。

何だったんだと思って何気なく視線を動かした。遠くに備え付けの公衆電話の受話器を持っている人が見えて、そういえば公衆電話からかけたら非通知って表示されるんだよね、なんてどうでもいいことを思った。
ガラガラとキャリーケースを引く音が響く駅内で、また改札を見つめる作業に戻る。

御堂筋くんに会ったらまず何て言おうかな。久しぶり、かな。元気?って聞いたら、なんて答えてくれるだろう。逢いたかったって、気持ちを伝えるのもいい。大きな目をキョロキョロ動かして、照れ隠ししてくれるかも。


嗚呼、でも、やっぱり、


次第に近づく車輪の音は、私のすぐ傍で停まって、私は、胸がいっぱいになりながら、涙を零さないようにゆっくり言葉を紡いだ。


「おかえり、あきらくん」


ずっと、言いたかった言葉。




20141126










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