なみだがきらめく 後



…どきん。胸が高鳴って、胃が少しだけ、冷たい。


「…え、なんで?遠恋だよ?」
「でもお互い好きって分かってるでしょ?」
「え…、と、…へへ」
「ヤダー、なに?照れないでよ、こっちが恥ずかしいじゃん!」


きゃあきゃあ燥ぐ彼女の声が少しだけ遠くに聞こえる。無理やり目尻を下げて、ごめんごめんと言いながら笑った。
私も頑張ろ!と言う彼女の言葉から少し会話をしたところで、そろそろ行くね、と言って彼女が荷物をまとめた。筆箱やルーズリーフをリュックに仕舞って、それを背負って、


「じゃあね、お疲れ!」


と言って、部室からあの子は出た。
…どき、どき。鼓動が大きいことを、今更思い出す。
気付かれてないかな、今、当たろうとしたこと。

どうして分かるの、って、言いそうになったこと。

遠距離で、顔もろくに見られなくて、何か言葉を交わすことも無くて。そんな状態で好かれてるって、どうして断言できるんだろう、って思ったこと。
私たちの間に、今は無いのに。過去しか、無くて、あの日もらった自転車と約束だけで、そこからどんどん薄れてしまいそうな不確かなものでしか、私たちは繋がってないのに。

あの子は無神経でないし、誰も悪くないのに私の胸にはじくじくと痛みのように怒りが広がって、ああ、これは嫉妬なんだ、私はあの子に嫉妬してるんだって分かって、恥ずかしくて情けなくて目頭が熱くなった。

私は貴女が羨ましい。私だって顔を見たい、自転車に乗ってるカッコイイところをいつまでも見ていたい、走り終わった彼にお疲れ様って言いながらタオルを渡したい。同じキャンパスで勉強して、僅かな間にも会えることに喜んで、姿を見るだけであまり話せなかったことにがっかりして、部活が終わった後みんなでご飯を食べに行ったり、そんな一緒にいる時間の中で、あの人いいなあって心が温かくなる瞬間が、私も欲しい。

この距離を望んだのは御堂筋くんで、受け入れたのは私。誰も悪くないし、強いて言うなら選択した責任は私にある。だから、誰かを羨むとか、そんな問題じゃない。私のこの嫉妬は、ただの八つ当たりだ。

でもそれでも、例え両想いで私たちが付き合っていて、世の中に別れてしまうカップルがいて、今私たちが別れていないのだとしても、それだけで私が幸せなんて、そんな相対的なものじゃないでしょう。他の人なんて関係無い、私が、御堂筋くんと一緒にいる時間を幸せと思うのだから、今の私は、本当に幸せじゃ、ない、のに。

俯いた拍子に、ポタリと雫が机に落ちた。私は、いつもさめざめと泣く。そうやってゆっくり、静かに消化したいから。思い切り泣いてスッキリなんてしたくない。想いを漉して、濾過して、自分の中に留めたまま、他のどの雑念も涙に込めて捨ててしまってから、最後に残った結晶を、偲ぶのだ。


あきらくんに、逢いたい。


「………あのなァ」


急に声がしてビクッと肩が震えた。顔を上げると荒北さんと目が合った。ポイ、と雑誌をデスクに投げ捨てた、呆れた顔の荒北さん。立ち上がって私を見下ろす荒北さんと、ぼやけた視界の私。頬に流れる涙を、どうすることもできない私。


「辛いだろ」


長い人差し指に掬われた、涙。ピンと弾かれて煌めいて、散った。


「遠くの奴想い続けるなんてな、そんなうまくいかねェよ」


また大粒の涙が流れて、荒北さんの人差し指に溶けた。
眉間に皺が寄る。口の端の筋肉が硬直する。自分の意思に反して顔が歪んでいって、堪らなくなって、俯いた。


「…、っく、ぅ」
「元気になんのも、限界あるだろ」
「あら、きだ、ざんっ…」
「オイ、目擦んなって」


目元を拭った方の手首を、そっと握られた。いつもより寂しさと羨望を多く含んだ涙が、次々と机に落ちる。


「………俺に、しときゃ良いだろ」
「う、ぐすっ…む、無理ですよぉっ…」
「ッテメ!無理とか言うんじゃねェよ!傷つくだろ!」
「ち、がいますってぇ…荒北さんがじゃなくて、私、御堂筋くんじゃなきゃダメだからっ…!」
「…っ、」


そうなんだ、どれだけ辛くても、心細くても、叶わなくても、私は


あきらくんじゃないと、ダメなんだ。


甘えたいとか、寂しいとか、他の人がとか。そんな思いからじゃなくて、ただ、御堂筋くんに逢いたい。
その気持ちがストンと自分の中に落ちてきて、すうっと心が落ち着いていく。


「…ダァーっクソ!」


その折、乱雑に頭を撫でられて、ビックリして荒北さんを見上げた。
荒北さんは今までにないくらい不機嫌な顔をしていた。乱暴に服の袖で涙を拭われて、バーカ!!と目の前で罵られた。


「えっえ?…え?」
「ったく、ようやく泣き止みやがった」
「あ、荒北さん、私のどこがバカなんですか!」
「全部だヨ、全部!…さっさと帰んぞ」


言うが早いが荒北さんはもうカバンを持って、出口に向かおうとしていた。一息遅れて私は帰る準備を何もしていないことに気づいて、慌てて荷物を詰めて、遅ェよバカ、と宣う酷い人と一緒に帰った。





(愚痴なんかさァ、いつでも聞いてやっから。頼むから、泣くな。俺じゃお前の涙を止めらんねェから、だから、)


「…もうあんな風に泣くんじゃねェぞ。面倒臭ェ」




20141120










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