おもいでのかおり



それは本当にふとした瞬間で、例えばお風呂のお湯が沸ききった時や、テレビの音がやけに耳についた時、落としたシャーペンを拾い上げた時。ああ、御堂筋くんどうしてるかなって考えて、つい壁にかかっている一台のロードバイクに目を向けてしまう。

フレームが割れて乗れなくなったものを引き取って、自力で持ってくることができなかったから、親に送ってもらった上に壁のフックに掛けてもらった。一人暮らしの女子の部屋には普通無いだろうロードバイク。小学校の頃から乗っていたらしくて、よっぽど大事にされてきたそれを手元に置いておけば、ずっと御堂筋くんと繋がっていられる気がして。おかげで部屋は少し窮屈に感じるけれど、見るたびにホッとする。

それに、見て思い出すだけじゃない。擦り減ったタイヤのゴムの匂いとか、ぐるぐる巻かれたチェーンの鉄の匂いとか。私のものじゃない匂いは、紛れもなく御堂筋くんが走っていた時のものなのだ。汗だくになって、揃った歯を見せながら、大きい目を一層大きく開いて必死になって走っていた、あの三年間の匂い。褪せることなくそれを感じられるから、そこに自転車があることが、私は嬉しかった。


「(………ああ、)」


逢いたい、なあ。なんて。
想いが募ってしまっても、どうしようもなくて、後で少しだけ、彼を想って泣いてしまうのだけれど。


それでも甘い麻薬のような香りに想いを馳せて、私は僅かばかりの想い出に浸る。




20141117










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