あのひのやくそく
「ボク、ヨーロッパ行くわ」
唐突な言葉に、自分の時が止まってしまったかのような錯覚さえ覚えた。
進学でも、就職でもない。想像してなかった、そんな遠いところに行ってしまうなんてこと。
したくなかったのかもしれない。だって本当は知っているもの。かつて一度だけ聞いた、子供の頃からの彼の夢。お母さんとの、約束。
引きとめようなんて、思わなかった。前を見て進むところを邪魔しようなんて、少しも考えなかった。一番神聖で、ずっと根底にある彼の想いを、否定なんてしたくなかった。
だから、笑顔で見送ろうと決めた。
「コレ、やるわ」
インターハイ、最後のレースまで一緒に走り抜けた彼のロードバイク。ゴールに着いた瞬間フレームが真っ二つに割れて二度と走れなくなったそれは、まるで誓いの印のようで、命よりも大事なものを預けてくれたことが何よりも嬉しかった。
「帰ってくるまで、ボクのこと忘れたらあかんよ」
期待して、いいのかな。向こうに行っても私のことなんか忘れちゃわないで、いつか帰ってきた時、会いに来てくれるって。私のところに、帰ってきてくれるって。
忘れるわけない、ずっと、私は待ってるよ。だから、
「約束やで、なまえ」
約束だよ、あきらくん。
20141117