02



彼女の当時の予感は一日も経たずに的中した。あれから蟇郡は何度も彼女の元を訪ねたのだ。ある時は部員を連れ再び丙組に、ある時は少数精鋭で舎外を捜し回り、またある時は女子トイレに入った彼女を単独で待ち伏せて。半ばストーカー化した彼の所業は鬼龍院生徒会長の多大な影響力を思い知らせ、なまえの度肝を抜いた。
しかし猿投山を押し返しただけある彼女もなかなかめげず、頑として極制服を受け取ろうとしない。押し問答は進展する気配を一切見せず、二人の奇妙な関係は、度々校内の生徒達の目に留まるようになっていた。





「なまえちゃんなまえちゃんなまえちゃーーーーーん!!!」


人の名前を連呼しながらものすごい早さで丙組の前を通り過ぎる影が一つ。知らないふりでもしていたかったが、その声を聞いた者が誰を想像するかなど、当人である自分がよく分かっている。彼女は、何てお咎めの言葉をぶつけてやろうと考えながら、鞄から一つの包みを取り出した。
間髪いれずに開け放たれた扉から、何故かみかんの皮を頭に乗せた女の子が教室に入った。廊下に設置されたゴミ箱にでも躓いてひっくり返したのだろう。そこに誰がわざわざみかんの皮を投げ入れたかは謎だが。満艦飾マコ、縁あってなまえと知り合って以来交流を持ち続けている、ちょっと「抜けた」2年甲組の女生徒だ。


「ねえねえなまえちゃんお昼もう食べた?もう食べちゃった?私ねえ、お昼ご飯まだ食べてないんだー!なまえちゃん一緒に食べない?あれ、もう食べちゃったかな?ねーねー一緒に食べようよーねーえーってばー!」
「………マコちゃん、私もまだ食べてないから、一緒に食べよう」


言葉の乱射を浴びながら呟いたなまえの言葉に、今度は満艦飾が満面の笑みで歓喜の声を上げた。


「やったあー!!ね、ね、なまえちゃん見て見て、今日のお弁当ね、唐揚げが三つも入ってるんだよー!なまえちゃんに一個あげちゃう!はい!」
「ありがとう」


満艦飾はいつでも忙しなく、騒がしい。自分の時を生きる人間だ、と、なまえが彼女の個性を極めて良い意味で捉えられるのは、一年間彼女の側に居たからだろう。月日とはかくも偉大である。


「そういえば私、すごい噂聞いちゃったんだー!なまえちゃん、本当かなあ?」
「すごい噂って?」


しかしいくら満艦飾の突拍子もない会話に慣れているなまえと言えど、これに続く言葉には唖然とせざるを得なかった。





「なまえちゃんが、風紀部委員長の蟇郡さんと付き合ってるって」





その瞬間、なまえの箸に挟まれた唐揚げが、ごろんと落ちた。ああー!なまえちゃん、唐揚げ!唐揚げ落ちちゃったよ!?なまえちゃん!?などと満艦飾の悲鳴が聞こえるが、なまえにとっては些細な問題である。


「だ、だ、だ、誰がそんなことを…!?」
「えー?みんな言ってるよ?いっつも一緒にいるし、蟇郡さんなんてずっとなまえちゃんに会いたがってるし」
「…それは」
「こないだねえ、校門の前で放課後ずっと蟇郡さんが立ってたんだって!あれって、なまえちゃんを待ってたんでしょ?一緒に帰りたかったのかなあ」
「………それも」
「もう、水臭いよなまえちゃん!私にくらい言ってくれたら良かったのに!でもおめでとう!私嬉しいよ、これでなまえちゃんもリア充ってやつだね!知ってる?リア充ってね、爆発しろー!って言ってお祝いするんだよ!」
「全部…!!」


とんだ誤解よ、となまえが叫ぶ声と、ばこん!!と扉が吹き飛んで未だに枠の無いままの窓から放り出されていく音が、重なった。
教室内が騒然とし、満艦飾に至っては咄嗟に机の下に潜り込んで避難する中、なまえは箸に挟まれた玉子焼きを落とした。くるくると何重にも卵が巻かれた美味しそうなそれが目の前に転がって、満艦飾は思わずよだれを垂らしたが、さすがに落ちた物にまで手をつけはしなかった。


「が、蟇郡さん…」


渦中の人物であり、噂の原因を作り出した張本人である蟇郡苛その人であった。鋼鉄の扉を蹴破ってずかずかと教室に入りなまえを真上から見下ろす姿は、廊下に屯する人々の好機の目に晒された。何故か、真相を知る丙組の人間まで指笛やら口笛やらで囃し立てるので、なまえの羞恥心は計り知れないところまで登り詰めた。


「なまえ!今日こそ俺の申し出を受けてもらおう!!」
「ちょ、ちょっと!」


どお、と歓声が湧き上がる。勿論蟇郡の言葉には「極制服授与」の意図しか込められてはいないのだが、春色の噂に散々湧き立った皆がその言葉を聞けばどうだろう。まるで蟇郡苛が、一人の女性に告白しているように見えるではないか。というか、そうにしか見えない。


「蟇郡さん、いきなり何言って」
「どああー!!び、びっくりだよ!なまえちゃん、まだお返事してなかったの!?でも大丈夫、リア充の道まであと一歩だよ!さあ、勇気を出して、さん、はい!!」
「マコちゃんお願い、話をややこしくしないで…」
「ややこしくなどあるものか!!なまえ、お前が一度首を縦に振れば済む話なのだぞ!?」
「い、今はそれだけでは済みません!」
「いーやそうだよなまえちゃん!!いいじゃない、きっとお似合いだと思うなあ!私、精一杯お祝いするから!!」
「さあ、なまえ!この俺と契りを交わすのだ!!今こそ!!」
「なまえちゃん!!」
「も、もう…もう…!!」


一人の女に迫る男女、その内容は誤解に誤解を重ね招き、周囲をこれでもかというくらいの興奮の渦に巻き込んだ。いつの間にか用意された紙吹雪を頭から被りながら、彼女は居た堪れない気持ちを爆発させて、叫ぶ。





「勘弁してえぇー!!!」





風紀乱し者、紀の要なりて








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -