脳ある草食動物は牙を隠す



「…なまえさん、また来たの?」


呆れの表情を全面に押し出して迎えてくれた年下の男の子の台詞をさらっと流して、コンビニで買ってきた雑誌を読むためベッドに寝そべる。2メートル近い彼がちゃんと寝転がれるくらい大きなベッド。こまめに掃除されていて、いつも良い匂いがするこの布団が私は大好きだ。


「いいじゃない、久々なんだし」
「…僕まだレポート終わってないんだけど」
「後でご飯作ってあげるから」


そういうと部屋の主であるベルトルトは、ぐっと声を詰まらせ、ぶすっとした顔で床に体育座りをした。胃袋なんて育ち盛りの時から掴んでいるのだから、この子が拒否できるはずが無い。


「なまえさんは、またそうやって」
「どうせならまた昔みたいに一緒にお風呂入る?」
「入るわけないじゃないか…!!」


少々怒らせ過ぎたみたいだ、そっぽを向いてテーブルの端に積まれている本を読み始めてしまった。

社会人になって家を出た翌年、大学に合格したベルトルトが近所に下宿したことで、小さい頃のように一緒に過ごせる時間が増えた。
職場からは彼の部屋の方が近いし、何より誰かがいる暖かさが恋しくなる時がある。悲しい哉お互い恋人もいないわけだし、こうしてご飯を餌にたまに押しかけているというわけだ。


「ねえ、怒らないでよベルトルト」
「怒ってないよ、怒ってないけど、なまえさんは無防備すぎる」
「別に何も防ぐようなことないでしょ」


だってベルトルトに限って何かあるとも思えないんだもの。そう言うと、ベルトルトはすごく微妙な表情をした後読書を再開した。


「なまえさんは今日僕の心を抉りに来たの?」
「ち、違うってば、ほら、ずっと一緒にいたんだし弟みたいじゃない?だから」
「…弟…はあ」


手を伸ばすと落ち込んでいる彼の後頭部に触れた。そのままくしゃくしゃと撫でてやる。柔らかくて、癖のつかない真っ直ぐな黒髪。わざと逆立てるように撫でても、ベルトルトが慌てて頭を撫で付けるだけですぐに元通りだ。


「なに、するんだよ…!」
「いやあ、いつ見ても綺麗な髪だなあって」
「そうやって僕を弄ぶのは止めてよ!」
「もっ…!?」
「ずるいよ、なまえさんはずるい!僕ばっかり取り乱して!」


可愛がりすぎて、ベルトルトがキレた。相当憤慨している。ベッドの縁を何度も叩きながらぎゃんぎゃん騒ぐベルトルトはやっぱり弟にしか見えなかったが、そんな赤ら様に怒るようなことを言わなくてもいいだろう。


「僕が、僕がどんな思いでいつもいつも…!!」
「わ、悪かったよベルトルト、謝るから落ち着いて…!」
「謝られたって!今更僕の純情は戻ってこないんだよ!?」
「そんな誤解を生む言い方しなくてもいいじゃない…」
「じゃあ聞くけど、ここがどこだか分かってるの?」
「どこって…ベルトルトの部屋…」
「そう!僕の部屋!男の、僕の部屋だよ!?どうしてそんな簡単にベッドに寝転がれるわけ!?」
「え、えぇ…昔からこんな感じだったじゃない…」


そう言うと、彼の目の色がすうっと変わった、気がした。


「なまえさんは、まだ昔と何も変わらないと思ってるの?」
「ベルトルト、ちょっと顔がちか…」


ベッドに乗り込んで来たベルトルトの腕に阻まれて距離を取ることができずに、私の身体に影を落とす彼の顔を見つめるしかできない。なに、何この状況。


「そんななまえさんは…こうだ!」
「っ、きゃああぁぁっ!」


脇腹にベルトルトの指が触れて、すぐ上下に動いた。くすぐったさに思わず叫んだ後、何とか逃れようと身体をくねらせる。


「や、やだっあははっ!べっベル、はっ止めてっははっははは!」
「どうだ、見たか!これが今の僕の実力だ!」
「か、勘弁してぇっ!あはははっ!」


いくら縮こまっても手を振り払っても、脇やら脇腹やら首筋やらを次々とくすぐられ、ほとんど酸欠になりながら笑い続けた。腹筋が痙攣して、痛い。ベルトルトの猛攻は止まる気配が無くて、息ができなくて苦しくなってくる。


「はあっ、はは、ふ、えぇ…も、だめ、ベルトルトっ…!」
「はあ、はあ…思い知ったか…!」


漸くベルトルトの手が離れた。お腹が、痛い。息を吸い込める素晴らしさを実感しつつ、自分に跨っているベルトルトを涙目で睨みつける。


「…なんてことを」
「ふん、いつものお返しさ。油断ばっかりしてたら、もっと非道い目に遭うんだぞ」
「それって…ベルトルトに非道い目に遭わされるってこと?」


ベルトルトがしてくる事って何だろう、想像がつかない。窒息するまでくすぐり続けられる、とかならば流石に勘弁して欲しいところだけど。


「何なら試してみる?」
「いや、それは結構、遠慮するわ」
「…なまえさんは、やっぱり分かってない」
「え?」
「なまえさんに何かするかしないか、それを決めるのは僕なんだよ?」


ベルトルトが肘を折って、その顔をぐっと近づけた。キスでもできるんじゃないかってくらいの近距離にドキっとして、思わず顔を逸らす。


「どうしたのさ、なまえさん。まだ何もしてないよ」
「や、やだ…離れてよ、ベルトルトっ」
「嫌だね。言っただろ?非道い目に遭うって」


遮ろうとして突き出した両腕は、ベルトルトの両手によって顔の横に拘束されてしまった。投げ出した足の間にはベルトルトの膝。どうしよう、この状況、逃げられる気が全然しない。


「ベ、ベルトルト…」

「………これでどんな目に遭うか、分かっただろ?」


見上げると、呆れ顔で溜息をつくベルトルトの顔が、だんだん離れていくところだった。のしかかっていた身体も退いて、ベッドの端っこに体育座りをして膝に顔を埋めてこっちをジト目で睨んでくる。


「僕じゃなかったら、今頃襲われてる。…僕だって、その、年頃…だし」


だから、男の人の家に行く時はもっとちゃんと気をつけて、とベルトルトに促されたけれど、心臓がばくばく脈打ってそれどころじゃなかった。あんな風に強引に攻める彼、初めて見た。もともと家に上がるくらい仲の良い男なんて、ベルトルトしかいなかったけど、いつも大人しく座ってご飯を食べていた彼に、こんな一面があったなんて。


「…ベルトルトになら、襲われちゃっても良いかも」
「っ!?なまえさん、何言ってるの!?」


私の言葉をからかいの意味に捉えたベルトルトにまた怒られて、それを宥めるのに半時間もかかったせいで、私たちが晩ご飯にありつくまでもうしばらく掛ってしまった。でも私の作ったご飯を食べるベルトルトが相変わらず幸せそうな顔をしていたので、そのいつも見る顔にもときめきながら、一緒にご飯を食べたのだった。




20130831











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