ライナーと付き合う話



「ジャンとなまえは付き合ってるんですか?」


酔ったサシャの口からトンデモナイ質問が飛びたしたので、ジャンは間違えてつまみのカシューナッツを丸呑みし、なまえはコップに残った酒を飲み干そうとしたところで噎せた。


「どういう発想だよ、それ」
「何その発想、ゲホッ」
「えーだって、いっつも一緒にいるじゃないですか〜」


サシャは顔をお酒で真っ赤にして二人を指差して笑う。
みんな大分お酒が回っていて、面白そうだと二人に注目した。


「そりゃあずっと昔から一緒だったしよ。なんつーか慣れだよ、慣れ。」
「好きになったりしないんですか?」
「ねーよそんなん!幼馴染全部が恋愛すると思ったか?残念だったな。………それに」


へっと鼻で笑ってから、ジャンは自分の隣で我関せずと新しく酒を注ぐ幼馴染を見る。
ジャンはそれほどお酒に強くない。酒癖もあまり良いほうではなく、脱いだり暴れたりするわけではないけど、二つだけ、彼が酔って面倒臭くなることがある。
一つは言葉に生えた棘が増えること。もう一つは、えらく饒舌になって、聞かれてもないことをぺらぺら喋る点だ。


「他に好きな奴がいるのに、俺と恋愛なんかしてらんねえよ」
「は?」
「えっ」
「ん?」


サシャは勢い余って空になったほろ酔いの缶を床に叩きつけた。
コニーは慌てて口に含んでいたカシオレを丸呑みする。
アニは忙しなくカルーアミルクをがちゃがちゃとかき混ぜ、ベルトルトは頑張ってちびちび飲んでいたウィスキーにどっぷり舌をつけた。
ライナーは缶ビールを傾けたまま固まってしまい、縁からビールをぼたぼたと零す。汚い。


ドスンと音がして、なまえの肘鉄を食らったジャンが蹲った。


「て、てめえ何…」
「こっちの台詞だよ。何余計な事言って」
「なまえ〜!なんだよ水臭え奴だなあ!」


コニーがニヤニヤしながら肘で小突く。しまったと思うが色々もう遅い。


「え?誰だよなあなあ!学部の人とか言うなよおもんねーから。同回?それとも先輩??」


なまえの好きな人がサークル内であることはコニーの中で確定らしい。その追求にサシャも混じって来て、次々と同期の名前を叫ばれる。


「わ、私新しいお酒とつまみ買って来る!」
「あ!逃げましたよコニー!」
「よし追いかける!!」
「待て待て、酔っ払い二人が付いてっても近所迷惑になるだろ」


慌てて財布だけひっつかんで、なまえがリビングを飛び出した。それを追いかけようとするコニーとサシャの襟首を、ジャンがむんずと掴む。
ガチャン、バタンと扉の閉まる音。さすがに一人で行かせるのは夜だから危ないし、誰か付いて行った方がいいと考えてジャンは立ち上がろうとした。


「俺が行く」


シャツに付いたビールを拭き終わったライナーがベッドから降りた。丁寧に畳まれた上着のポケットに財布を入れてなまえの後を追う。
ジャンはうっすら笑っておー頼んだー、とか言いながらその背中を見送った。


「あー!ライナー、私にチー鱈買ってきてください!」
「硬揚げ!硬揚げ頼む!」
「………マカダミアナッツチョコ」
「…お前ら後で個別請求な」


二回目の扉が閉まる音を聞いてから、チョコを頼んだアニがそっと呟く。


「なまえの好きな奴って、ライナーだろ?」
「おー、知ってたのかよ、アニ」
「あれだけあからさまに反応違ったら気づくでしょ、普通」


サシャとコニーが口々に叫んだ名前の中に、もちろんベルトルトとライナーの名前もあった。同じように並べられた名前の中で、エレンやベルトルトの名前は淡々と違う、違うと否定されていった。
しかしライナーの名前の時だけ、びっくりしたように目を僅か見開いて、その後緊張したように違う、と呟いたのを、アニは見逃さなかったらしい。
コニーとベルトルトはジャンと同じように首を傾げている。なまえの表情は本来そんなに分かりやすいものでもなかったから、気づかなかったとしても無理はない。


私も気づきましたよーとケラケラ笑いながら言うサシャが、ナッツの最後一粒を食べてから思いついたように喋る。


「あれ、そういえばライナーの好きな人もなまえですよね」
「へー、そうなのか、ベルトルト」
「うん、よく相談されるから」
「じやあ両想いってわけだ」
「コニー、あんなにわかりやすかったのに気づかないんですか!?」
「ぐ、黙れバカ女」
「だってライナーってなまえにだけやたら優しくっていっつもレジュメ一枚多くとってなまえにあげてるしモニコして声聞きたがるしツイッターのリプもなまえの時だけやけに早いし部室で一緒になったらさりげなく隣に座ろうとして飲み会の時なまえと席が一緒になったらサラダ取り分けてあげようとしていつも一緒にいるジャンをいつも羨ましそうに見てて時々舌打ちもしてるし、」
「そろそろやめてやれ、甲斐甲斐しすぎて恥ずかしくなってきた」
「おい俺めっちゃ恨まれてねえか」
「ライナーがトチ狂ってジャンと結婚したらなまえと一緒にいられるんじゃないかって言ってたから止めておいたよ」
「ありがとう、ありがとうベルトルト…!!!」


ジャンがベルトルトの両手をひしっと掴む間にも、サシャが無駄に発揮した洞察力の効果をコニーに説く。半ばカオスを目の前にして、アニがまた口を開く。


「そこまでされても、気づかないもんなんだね」


ベルトルトが思わず苦笑を漏らした。ジャンも、あー…と言いながらぽりぽり頬を掻く。


「昔っから鈍感なんだよな。中学の時も同じクラスの奴がアピールしてたけどあいつ全然気づかなくてよ」
「ふーん…あれも、デカいなりして奥手なところあるからね」
「せっかくジャンが二人きりにしてくれたんだし、ライナーだって頑張るよ。…多分」
「ねえ、二人が帰ってきた時付き合ってるかどうか賭けませんか」


呑気なサシャとそれに乗ったコニーの騒ぎ声が部屋に響く。三人は行く末を案じながらも、なんだかんだ酔った勢いでどっちから告白するかまで賭けだした。










サンダルをぞうりみたいに突っかけてエレベーターを使ったなまえは、それより早く階段で駆け下りたライナーとマンションのエントランスで出会った。


「ら、ライナー」
「よ、お。一人だと危ないからな、一緒に行こう」
「う、うん」


ほどよい酔いも夜風と緊張によって一気に覚め、二人は恐る恐る歩き出す。


「夏前でも夜だと冷えるだろ。これ、羽織っとけよ」


肩にかけられたジャケットからライナーの匂いがするのが恥ずかしくて袖を通す事も出来ず、赤面した顔でありがとうと呟いた。
特に会話も無いままコンビニに着く。なまえが持とうとしたカゴを、ライナーが掬うように取って、その中にチー鱈と硬揚げポテトとマカダミアナッツチョコを入れ、自分が飲むためのビールを入れた。その横になまえがそっと自分のカップ酒とさきイカを添えた。


「ありがとうございましたー」


選択が渋いと笑いながら、なまえから手渡された300円を財布にしまって、それからまたしばらく会話無く二人は歩いた。
コンビニを出て最初の横断歩道で、ライナーがあの、となまえに声を掛ける。さっきからずっと聞きたかった事を、意を決して言うために。


「好きな奴、いるんだってな。サークルに」
「ああ、まあ、その」


否定はしない、ということはサークル内に、なまえの恋心が向けられた人がいるということ。ライナーの胸がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われる。
ジャンにそれとなく聞いて、なまえに付き合っている人がいないこと…関節的に、ジャンとなまえが付き合っていないことは確認済みだったが、その時なまえに好きな人がいるかは聞けなかった。どうせ聞くなら本人に、とは思っていたが、いざ本人の口から聞くと心がパキポキ折れていくのを感じる。


「………へえ、同回じゃないってことは、先輩、とか」
「実はあの時嘘ついた…あそこで言えなくて」
「そ、そうなのか」


なまえの予想通り、今の一言でライナーは飲み会の場に好きな人がいるから言えなかったのか、というところまで予測した。それを肯定して、なまえはぼんやり思考を巡らす。

もしかしたらライナーを好きだと、分かってしまったかもしれない。ここで告白しようかな、と思って、止めた。自分が好きだって伝えてしまったら優しいライナーはきっと悩んで、じゃあ付き合うか、と好きでもない私を優先してくれるに決まってる。これからもいつものように、たまにどうしてここまでしてくれるんだろうと思うくらいのライナーの優しさを受けられるだけで幸せだから、と。


「…じゃあ俺なんかより、コニーかベルトルトが来た方が良かったかな。悪い、変な世話焼いちまった」


もしや自分か、なんて期待をしたくなくて言葉を放ったライナーを、なまえが凝視する。

コニーならともかく(いや十二分に悲しいが)、ベルトルトならば目も当てられない。散々相談してきた自分の親友が自分の好きな人と…むしろ彼のことだから、自分に気を使ってなまえの気持ちに応えない恐れもある。それはそれで悲しい、とライナーはぐるぐる考え込んだ。


「…別に。ライナー来てくれて、嬉しかったし」


ついいらないことを口走った。勘違いされた焦りがジャンみたいに余計なことまで言わせ、困らせたくないなら黙っておけばいいのにと少し後悔をする。

誤魔化そうとして隣を見、思わず口ごもるのを止めた。
夜道でも分かるくらい、赤面したライナーの顔。同じように赤くなったなまえの頬に、ライナーがそっと指を滑らせる。


「今の、どういう意味で言ったんだ」
「…そのままの意味で、だから、好きに捉えていい」
「………そうか」


頬をふにふにつつきながら、なあ、とライナーが呟いた。
その指の優しさが、行為の甘受が、二人の期待を確信へと変えて行く。


「俺が今からいう言葉も、そのままの意味で捉えて欲しい」


肩を抱き寄せて耳元で囁く三つの言葉。それをゆっくり噛み砕いて、なまえはライナーの気持ちを理解する。それに応えようと、彼の服を掴んで声を震わせる。


「私も、です…」
「…良かった」


二人して収まらない顔の熱を笑いながら、手を繋いでマンションまで戻る。部屋のチャイムを鳴らして、待ちわびていた五人の前で初々しく繋がれた手を見せびらかした。

ライナーが告白して付き合うに賭けたジャンとサシャが付き合わないに賭けたコニーの頭を踏みつけ、なまえが告白して付き合うに賭けたアニとベルトルトは心の中で友にごめんと謝りながら、何事もなかったかのようにお酒を飲むのを再開した。








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