How unconscious She is!



教授のご意向、という奴だろうか。大学の講義は随分と不思議なもので、30分も早く授業を終わらせる場合もある。自分も例によって、中期休暇が明けた後の気だるい雰囲気に負けてマイクのスイッチを切った教授により、他の教室よりも早い昼休憩に入る事ができた。

この後の自分の行動は大体決まっている。購買か学内販売で買った弁当、もしくは朝早めに起きて自分で作った弁当を持ってサークルの部室に行く。今日は学生でごった返す前の購買へ行けたので、安い多い美味いと評判の希少価値の高い弁当を手にサークル棟の階段を登った。
ただ居場所が無くてここまできているわけじゃない。いざとなったら学食のカウンター席に座って飯を食うぐらいできる。それを俺がしないのは、校地の隅に追いやられた建物のある一室に「そこまでする価値」を見出しているからだろう。予想通り部屋の扉が簡単に開くのは、誰かが俺の前に鍵を開けた証拠であり、その人物こそが俺が授業終わりに部室に足を運ぶ主な理由…価値、という奴だった。


「…なまえ?」


返事は無い。代わりに、部屋の奥に設置されたソファに見覚えのある金髪の少女が一人横たわっていて、俺の心臓は馬鹿正直に高鳴った。

なまえがこの曜日、一限があってその後いつもボックスにいるのは知っていた。詳しく彼女のカリキュラムを聞き出したわけではないが、今日は暇だの、この時間は忙しいだの普段の会話で零れた情報を自分で繋いだ結果大体把握する事ができただけだ。ただこの情報を思い返す度に、俺以上にそれを完璧に把握した彼女の幼馴染だという男の存在を思い出し、密かに嫉妬しているのは誰にも教えられない。

三人は優に座れるであろうソファの二人分を使って、彼女は仰向けに寝ていた。折り曲げた足を隣の本棚に架ける癖の悪さについては、この際目を瞑っておく。
普段授業中に寝ている姿をよく見かけるが、大抵顔を突っ伏していたので寝顔を惜しげなく晒しているのは珍しいように思う。そうっと扉を閉め、備え付けられた机に並ぶパイプ椅子ではなく、俺は何故か彼女が余らせたソファの最後の一席に慎重に腰を下ろした。…申し訳ないが嘘だ。何故かとか言っていながら俺はただ彼女の寝顔を見たかった一心だ…認めざるを得ない。

ドキドキしながらチラリと横目で彼女の寝顔を伺おうとしたところ、パチ、と効果音がしそうなくらいはっきり彼女の目が開いたので口から心臓が飛び出るくらいびっくりした。


「…なまえ、おはよう」
「………おはよう」


彼女の声は、俺とは違う意味で掠れている。


「…もう、お昼?」
「いや、まだだ。俺はその…授業が早く終わって」


そっか、と言いながらぼんやり天井を見つめる彼女は、まだどこか夢見心地のようだった。


「なんの授業だったの」
「ただの一般教養科目だ。先生がプラスチックについて延々と語ってる」
「何それ楽しそう」


ふと彼女がお腹に乗せている両手に音楽プレーヤーが握られている事に気がついた。そのから一本の黒いコードが伸びて彼女の両耳にしっかり繋がっている事にも。


「…何か聞いてるのか?」


何か聞いているなら俺の話が聞こえないはずだが彼女との会話は正しく成立していて、聞こえているならばただイヤホンをつけているだけということになる。その実を確かめるためにも、俺はそんな質問をした。
むくりと起き上がって足をちゃんと床に下ろした彼女が俺の方にそっと手を伸ばした。彼女の、細い指が俺の左耳に触れて…単に当たっただけだが…そのあまりの恥ずかしさに、身体が震える。


「な、何をっ…?」


気づけば先ほどまで彼女の耳に収まっていたイヤホンの片割れが、俺の左耳に差し込まれていた。控えめな音量で歌声が聞こえてくる。なるほどこれなら俺との会話も聞こえそうだと納得する反面、イヤホン半分こ…なんて状況に照れずにはいられず、口元を抑えて赤い顔を必死に隠すしかできなかった。
へら、とだらしなく笑われてきゅんと胸が高鳴ってしまう。いつ見ても彼女の笑顔は可愛い。本人の前でなければ、今頃床に突っ伏して己の感情の昂りに耐え忍んでいたであろうほどに。


「お昼になったら起こしてくれる?」
「あっああ…分かった」


なまえはまた目を閉じると、今度は本棚に寄りかかって眠り直した。黒いコードに引っ張られ、どちらの耳からもイヤホンが取れてしまわないよう俺は慌てて彼女のほうに身体を寄せる。イエスかノーで答える問いにこの解答は俺にとって余りある僥倖であったが、その…いささか刺激が、強い。お陰で好きな女の子が隣りで無防備に寝ている二人きりという事態に緊張し、気晴らしに開いた教科書の内容もせっかく彼女に聞かせてもらった曲の歌詞も何一つ頭に入らない。誰かが部室の扉を開けるのを待ち…そして、誰も来ない二人の空間が一秒でも長く続くことを期待して…俺は組んだ手に無表情のまま額を乗せ、悟りの境地に至る修行を開始することになった。時折横目で一瞬だけ彼女の寝顔を確認しては、胸の内でのたうち回る気持ちを努めて抑えつけながら。




20130815










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