交流会でライナーと会う



調査兵団の上回生に引率されて辿り着いた居酒屋にぞろぞろと入っていく。宴会用のワンフロアで既に準備をしていた先輩に適当に散らばって座るよう指示された。初対面だと極度の人見知りを発揮するなまえを心配して隣に座ろうとしていたジャンだが、てきぱきと指示を出され、彼女と全然違うテーブルに座ることになってしまった。なまえは、唯一頼りにしていたジャンがいない席でずっとそわそわしていた。隣に来た人が残念な思いをしないかどうかとても不安だった。


「隣いいすか」
「ど、どーぞ」


なまえが見上げると大きい男性が立っている。座っている彼女にも身長が高いのだろうと予測できるくらい頭が遠い。敬語を使われたということは彼も新入生なのだろうかと考えていると、男の人は目を見開いて、あ、と声を漏らす。


「…あんた、あの時の」
「どこかでお会いしましたか」


男が座って、くっと笑った。予想通り、背も肩幅も大きい人だった。


「エアハンモックの子だろ」










「あんたに会いたいと思ってたんだ」


なまえは真っ赤な顔をずっと両手で隠し続けていた。乾杯の飲み物を聞きに来たメガネの先輩が、この子どうしたの大丈夫と聞く程度には、ずっと。
ざわざわと騒がしい中隣の男が代わりに頼んでくれたカクテルをゴクリと飲む。あまりお酒を飲んでいる感覚は無く、緊張を誤魔化すためには丁度良かった。


「あの、本当に忘れて…ただ、ちょっと、ふざけてただけだから」
「いや、俺は面白いし、すごいと思ったぞ。あの後俺もやったんだが、あんな風に身体を支えながら傾けるなんてできなかった」
「それだけ大きいと、流石に無理だと思う」


なまえが苦笑いして、男もやっぱりかと笑った。その笑顔に、当初予測した嫌な事態にならなくて良かったとホッとする。


「なまえ、です、よろしく」
「ライナー・ブラウンだ、よろしくな、なまえ」
「同い年に見えない、大人っぽいし」
「ああ、俺はなまえより一つ上だと思う。浪人してるから」
「へえ、道理で」


氷がカラカラ鳴って、なまえの口に液体が流し込まれる。


「勉強できそうなのに。何で、って聞いてもいい?」
「ああ、高3の時に親父が怪我してて、家の仕事を手伝ってたんだ。親父が戻った時には冬にさしかかってた」
「そいつぁ間に合わねえや」
「一応受けはしたが、やっぱり駄目だったな」
「浪人って大変?あ、あんま聞かない方がいいか」
「いや、気の毒がられるより、俺はこっちの方がいい」


なまえが安心したように笑う。試験問題や自己採点の話で盛り上がるうちにお互いのグラスが空になった。


「無くなった」
「貰いに行くか」
「ん」


二人して立ち上がって、部屋の隅に設置されたカウンターまでグラスを持って行き、スタッフに新しいドリンクを注文する。なまえは受け取って元の席に戻る途中、ふっと思い出して自分の幼馴染の姿を探す。離れた席でそばかすの男の人と肩を組みながらジョッキを掲げている。楽しそうで良かったと視線を戻そうとすると彼もなまえに気づき、ジョッキを少しだけ持ち上げて笑った。なまえも真似てグラスを少し、持ち上げる。


「ライナー」
「おお、ベルトルト」


座ったなまえとライナーに、これまた背の高い男が近づいて来た。二人の大男に挟まれるような形になって萎縮しながらも、ライナーの知り合いかと思ってなまえがお辞儀をすると、黒髪の男もお辞儀を返して彼女の隣に座る。


「どうも」
「なまえです、初めまして」
「ベルトルト。よろしく」


カツンとグラスをぶつけて挨拶をする。大分酔っているのか、真っ赤な顔でへにゃりと笑っている。


「ベルトルト、大丈夫か?飲み過ぎじゃないか」
「ジュースみたいで楽しいよ」
「そ、そうか」


ライナーとなまえは若干笑いを引きつらせて、また話を再開した。ライナーとベルトルトは同郷出身で、同じ浪人時代を過ごしたんだとか。小学校の頃からずっと一緒だったと聞いて、なまえは自分とジャンのような関係だなとぼんやり思った。


「ベルトルト、覚えてるか?適性判断の時の」
「………ああ、エアハンモックの!君か、思い出した」
「ちょ、あ、あああああ止めろ!止めろ!」


一緒にサークル選びをしていたらしく、なまえの悪ふざけは不幸なことにベルトルトにもバッチリ見られていたようで。羞恥心が再来し、彼女は思わずベルトルトの腕をべしべしと叩き、それを見て二人が笑った。

しばらく話していると、ベルトルトがお酒が無くなったと言ってふらふらカウンターに向かった。その姿を二人は心配そうに眺める。もしかしたらあいつは下戸かもなとライナーが言うので、なまえもそうだと思う、と言って笑った。


「なまえは、このサークルに入るのか?」
「うん、面白そうだし。ライナーは」
「ああ、俺もここに入るつもりだ。俺たちの昔の友達とも再会してな、ここだと色々楽しめそうだ」
「ベルトルト?」
「いや、違う奴だ。今度紹介する」
「じゃあまたライナーにも会えるかな」


なまえはへへっと笑ってそう呟く。人見知りなりに仲良くなれたことが嬉しくての、他意の無い発言だった。その瞬間、ライナーはなぜか自分の心臓がきゅっと縮まる奇妙な感覚を覚えた。


「………そ、うだな、多分」
「改めて、これからよろしく」


なまえが笑ってグラスを差し出す。ライナーも、酔いの体温とは別の熱が顔に集まるのを感じながら、優しく微笑んでグラスを軽くぶつけた。










あの後ライナーや話しかけてくれた先輩と喋りながらお酒を飲み続けたせいで、若干頭がぼんやりしている。指の先までじんわり暖かくて、ああ酔っているんだなとなまえは呑気に考えていた。
ライナーは、交流会が終わった後すぐに帰った。と言うのも、ベルトルトが自分では歩けないくらいふらふらになっていたからだ。


「………ライナ、吐きそう…う″ぉ″ぇ」
「止めろベルトルト、待て!まだだ!じ、じゃあななまえ!また会おう」
「お、オツカレー」


ベルトルトに肩を貸したライナーが先輩に案内されて駅へと向かって歩いて行く姿を思い出す。彼らのシャツが汚れないようにと祈りながら、なまえは自分の幼馴染であるジャンを捜した。


「なまえ〜!!」
「どふっ」


背後から、いきなり抱きつかれた。こんな行動をとる男ではないはずだが、この声は間違いなく、残念ながら、彼女の幼馴染のものであった。


「ジャン、酔ってる酔ってる私が酔ってる」
「うぁー…なまえ〜」
「ダメだこりゃ」


容赦無く全体重を任されて、なまえは酔った身体に鞭打って支える。その光景を見てぎょっとしたペトラが駆けつけて、ジャンを支えるのを手伝ってくれた。


「ちょっと、大丈夫!?…じゃないわよね、これ」
「ペトラさん、駅の道教えてもらっていいですか」
「そうね、誰か男手に運ばせるわ。なまえちゃんも、けっこう飲んだんじゃない?顔真っ赤よ」


ペトラさんが待つようになまえに言いつけ、男の人を連れて来た。苦笑いしながらぐったりとなまえに凭れるジャンを担ぐ。


「ありがとう、イアン」
「ああ、ペトラもお疲れ。さ、行くぞ」
「は、はい」


ペトラにお礼を言って、イアンと呼ばれた男に着いて行く。隣に並んだなまえを見て、彼が口を開いた。


「君は何と言う」
「なまえです、それはジャン」
「なまえは大丈夫か?」
「あ、歩けるので、それよりかは」
「自分の彼氏をそれ呼ばわりしては駄目だ、傷つくぞ」
「幼馴染なので、大丈夫です」


そうだったのか、悪いと言ってイアンが笑う。なまえは溜息をついた。しかしそれは間違われたことによる呆れではなく、親しい者が自分以外の人に迷惑をかけてしまっている状況からの呆れだった。





「すみません、迷惑かけて」


最寄り駅で降りてからしばらく歩いて、目的地であるマンションまで辿り着いた。案の定ジャンが目を覚ますことはなく、道中ずっとイアンに担がれたままだった。さすがのイアンも少々息をあげており、なまえは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「構わない。新入生のうちに、酒の失敗経験は重ねておくもんだ。俺も去年そうだった」
「へえ」
「あれだけ飲んで吐かないだけ上出来だ。…君は間違いなく強いだろうな」
「ど、どうも」
「さ、こいつの部屋まで運んでから、君を送るよ」
「いえ、ジャンの部屋、私の向かいだからここまでで大丈夫です、あとは持って行きます」


なまえの言葉に目を丸くするイアンの肩から自分の背中へとジャンを移す。


「…同じマンションなのか」
「そうです」
「…君たち本当に付き合ってないのか?」
「そうですけど」


信じ難い表情をするイアンと不思議がるなまえがしばらく見つめ合って、彼女が一苦労してお礼を言った。


「ありがとうございました、これからもよろしくお願いします」
「………ああ」


もう一度なまえが礼をして、エレベーターに乗り込んだ。するすると上がり、エントランスが閉まる。イアンがここにいる理由も、二人の姿と共に消えていく。


「なんだかすごいものを見てしまった」










エレベーターから降りてジャンの部屋である312号室に歩くだけでもかなりの重労働だった。何度呼びかけても、背中の荷物が意識を覚醒させる気配は無い。


「ジャン!鍵!かーぎー!どこ!?」
「ん〜…すぅ…」
「あー、もう!」


自分も休みたいのに!という言葉を飲み込んで、代わりに自分の部屋の鍵を取り出した。ジャンの靴の爪先がずるずる擦れるのもお構い無しに、自室の扉の前に立って鍵を開ける。自分の靴を先に脱いで、屈んでジャンの足に手を伸ばす。ぽいと投げ捨てた靴を直す余裕は、今は無い。


「ていっ」


ドサリと投げ捨てると、ベッドのスプリングが激しく軋んだ。ふっと身体が軽くなった反動で少しふらつく。


「んん…なまえ…」
「やっと起きたかバカ」


自分のベッドで呑気に目を擦る幼馴染を忌々しげに見つめるなまえ。


「ジャン、水いる?」
「あ…?バカか、さっきまでさんざん飲んでたろ、覚えとけよバーカバーカ」
「いや水ってそういう意味じゃ…もういいよジャンバーカ」


子供みたいな論争をしながらなまえはズボンを部屋着に履き替えてカーペットに座る。ベッドを占領されてしまったので固い床で寝ようとした。


「おい、何てとこで寝てんだよ、早くこっち来い」
「へ?いいよジャン使いなよベッド」
「だぁかぁらぁ!一緒に寝ればいいだろ?」
「本気かジャン」
「中学まで一緒に寝てたし風呂にも入ってたろうが今更だろ」
「うるさい!!あとお風呂は小5までだった!」
「うるせーぞなまえ頭に響くから黙ってろ」


ぐいっと手を引かれてなまえがベッドに倒れこむ。有無を言わさず腕を巻きつけ、ジャンは真剣に寝に入る。多少強い締め付けにうんざりしながら、抵抗する気力も無くてなまえは力を抜いた。最後の最後で酷い目にあってしまったが、今日はなかなか楽しい一日を過ごしたように思う。せめて電気くらいは消させてくれないだろうかと思ったが、巻きついた腕の持ち主は早くも寝息を立て始めている。諦めて、一日の思い出や出会った人たちの名前を思い出しながら目を閉じた。頭上のいびきに悩まされるようになるまで、あと一分。




20130707
20130708 修正








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