鬼道有人は極めて優秀な神父である。
神学校を首席で卒業し、配属先は地方ではあるが聖地に程近い教会を一人で任されている。
若いためまだ総本山に入れないが義父は現教皇であり将来の教皇候補である。


そんな彼に降りかかった事態は、いわゆる一つの最悪であったのかもしれない。







うつらうつら、していた。

深夜の教会に訪れる人はそうはいない。
大聖堂隣の控え室で日誌を書いていたのだが、連日の勤めに疲れていたのかもしれない。
そんな大きな教会ではない。まだ成り立ての神父が任されるような所だ。
聖地に近いのは恐らく義父の意向だろうと思っている。
変な所で過保護なのだ。義父は。

しかし、それでも一人で教会の運営は重労働だ。

恐らく、相当疲れていた。


どこからか子守歌のようなものが聞こえ、瞼が重くなり   そのまま、眠ってしまった。




体が重かった。
それと、首筋が熱い。

ざらざらした感触が首を行き来して熱を生み出している。

まだ微睡みの中に閉じ籠もっていたかったが、違和感に無理やり目を開けた。


見慣れた天井。
仰向けで床に倒れている…?
机と椅子、明かりのランプしかない部屋だ。寝ているという事は床にだろう。
何か体の上に乗っているみたいだった。
重くて暖かい何か。人の大きさのソレは首筋を舐めていた。

ぴくり、指が動いた。
視界をせわしなく動かすと、ランプの消えた薄暗い室内でも相手の姿が幽かに見える。


月の光を弾くような、白い髪を逆立てた男だ。
年は自分と変わらないだろうか……ただ、肌の色は少し焼けた健康的な色だ。伏せられた目に睫毛は長い。
身じろぐとこちらに気付いたのか、闇を湛えた黒い瞳が俺を捉えた。

「起きた…のか?」

落ち着きのある声。
また寝てしまいそうになる  

「……誰だ。」

喉の奥から絞りだした。

相手はびくりと震え、身を起こした。

「なんで……だ…。」

なにかにひどく驚いているが、知ったことでは無い。

「お前、誰だ。」

「す…すまないっ…腹が減っていて…その、気付いたらこんな事に…。」

可哀相な程の慌てっ振りが、俺を冷静にさせた。
ここは神の家だ。
何人も拒みはしないし、飢えていれば食事も出す。
幸い、口は回るようになってきた。

「落ち着け。とにかく自己紹介してくれないか?別に追い出したりはしないし、食事も出す。」

「あ…あぁ。」

理知的な性格なのだろう、落ち着きは早い。
その口から聞けた自己紹介は、嘘のようなものだったが。



「俺は豪炎寺修也、悪魔だ。」



人ならざる者、それは、教会の駆除対象だ。
教会の力により、人ならざる者達は数を減らしている。
個人的には駆除に反対なのだが……。

そのせいで彼等は人に自らの正体を明かしたりはしない。
目の前の男のような発言は普通、無い。

「…今までどうやって生きてきたんだ……。」

呆れの混ざった呟きを拾われた。

「今までは父さんと妹と、故郷で暮らしていたんだが…悪魔が増えすぎて故郷はもう俺達を支え切れなくなってな。故郷から出てきたんだ。」

初対面でそこまで喋るか…ずいぶん素直な性格らしい。
こちらの事情も知らないようだし、駆除で死なれれば目覚めが悪い。

匿ってしまおう。
こちらの常識に慣れるまで。


「俺は鬼道有人だ。この教会の神父をしている。とりあえず今日は、泊まっていけ。」


詳しい話は後で良い。

未だにぬるい痺れを残す体を起こして、家へ連れて帰った。






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