その日、彼は朝からそわそわしていました。
窓から見えるあの人に、挨拶をしてみようと思ったのです。
ただ、目の前を過ぎていくだけでは我慢できなくなっていました。
ただ、あの人の声を聞いてみたかったのです。
もうすぐあの人が窓の前を通る時間です。
普段開けない窓を開けて、ジッと待っていました。
少しすると、靴の音が聞こえてきました。
固めの靴底がレンガの道にコツコツとあたります。
音は、徐々に大きくなっていきます。
あの人がやってきたのです。
「おはよう、ございます。」
人と話すのは久しぶりで上手く声が出ませんでしたが、あの人は少し驚いた後鮮やかに微笑んで、
「おはようございます。」
そう、挨拶してくれました。
少し低くて、穏やかなとても素敵な響きの声でした。
それからあの人が窓の前を通る度に、彼は挨拶をするようにしました。
すると、最初は挨拶をするだけでしたが、一・二ヶ月もすると少しお話したりするようになったのです。
彼にとって、とてもとても大きな進歩でした。
壊裂アンプル
back