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ある日の甲斐


「お館様ー!!!!」

紗夜が叫びながら、廊下を走っている。

いつものことだ。

ズテッ。

そして、曲がり角で滑って転ぶ。

これもいつものことだ。

「はあ…。」

俺様は溜め息をつきながら、紗夜の元へ向かう。

紗夜の傷の手当てをしなければならない。

たかが擦り傷なのだから、放っておけばいいと思うかもしれない。

けど、俺様は毎回手当てをしている。

それは何故か。

それは、君の体に傷を残したくないから。

ずっと綺麗な体でいて欲しいから。

俺様は忍だから、主人であるお館様を第1に守らなきゃいけない。

けど、お館様と紗夜を天秤にかけたら、きっと、いや、確実に俺様は紗夜をとるだろう。

そのくらい大切で守らなきゃいけない人なんだ。

忍が人に恋慕を抱くなんてあってはならないこと。

それも、主君の大切にしている姫君なんて、もってのほかだ。

禁断の愛なんて野暮ですよってね。

だが、愛しちまったもんはしょうがない。

この命にかえても、守ってみせるさ。


俺様の愛する姫君は、他の姫君とは違う。

それは、戦に参戦するということだ。

華奢な体で大きな槍を持ち、一生懸命戦っている。

紗夜が戦うようになってから、俺様はなんやかんやと理由を付けて、紗夜の近くで戦っている。

とりあえず、お館様や武田軍の兵士よりも、紗夜の方が心配でならない。

もし、大きな怪我をしてしまったら…。

そんなことになってしまったら嫌だからね。

お館様も、俺様がそう思って紗夜の側にいることに気付いているらしい。

だが、何も言わない。

きっと、お館様も紗夜のことが心配だからだ。

まあ、ともあれ、

何か特別な理由ができない限り、俺様は紗夜の側で戦うことができるだろう。





15**年


今日も、紗夜の側で戦う。

まあ、俺様は給料をもらっている身だから、ちゃんと仕事をしつつだけどね。

いつも通りにやれば、問題ない。

その考えが甘かった。

後ろで、発砲する音を聞いた時には、既に遅し。

時がゆっくりと流れ、紗夜が倒れていく。

自分の読みを信じて疑わなかった俺様。

忍の長失格だな。

急いで、紗夜の元に駆け寄る。

意識は無いが、微かに呼吸をしている。

確か、この辺りに廃屋があった筈だ。

そこでなら、紗夜を救護できる。

彼女の体を抱え、戦を放棄し、俺様は走った。



廃屋に着き、彼女を下ろす。

服を脱がせると、きめ細やかな肌が赤に染まっている。

「…っ!!。」

自分の唇を噛み締める。

どうして、守れなかったんだ。

どうして、傷つけてしまったんだ。

己自身の心に怒りをぶつけながら、手早く手当てをする。

幸い1発しか当たっておらず、命に別状はないようだ。

手当てが一通り終わり、彼女の体全体を見てみる。

本当に綺麗な体だ。

そう思うと、己に対する怒りがより膨れ上がる。

ふと、膝の上で震える拳にそっと手が置かれた。

「…佐助…。」

驚きと安堵が真っ黒になった俺様の心を一気に包む。

その勢いで、俺様の理性を吹き飛んだ。

気づけば、俺様は彼女を抱き締めていた。

理性が戻って来、ヤバいなと思った時には、紗夜も俺様の背中に手を回していた。

ふっと彼女が顔を上げた。

ヤバい。

こんな身分の高い人を、なんで軽々しく抱き締めてしまったんだ。

最早、後悔しかない。

しかし、彼女から発せられた言葉はあまりにも意外なものだった。

「私もだよ。佐助…。」

予想外の言葉に俺様はただ唖然とする。

高嶺の花だと思っていた女性が、俺様のことを部下としてではなく、男として見てくれていたなんて。

もう一度、確かめるように、けれど、強く彼女を抱き締める。

彼女の腕が優しく、俺様を包み込む。

「もう二度、離さない。」

俺様は、彼女に、そして自分自身に固く誓った。


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