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私は、もうすぐ結婚する。
普通なら、おめでたいことなのかもしれない。
だが、私にとってはおめでたくも何ともない。
むしろ、絶望だ。
この時代に親が取り決めた結婚に逆らえる筈がない。
最初、両親は私の意志を優先してくれる予定だった。
けれど、私には恋人がいない。
だから両親は、
「紗夜 には好きな方がいないのだから、我らが決めても良かろう。」
そう言って、そそくさと決めてしまった。
実のところ、私には好きな人がいる。
だが、その方は私のような身分の者とは、結ばれる筈のない方。
それに、これは私の片思い。
それなのに、
「好きな方がいる。」
なんて口が割けても言えない。
もし、私があの方に見合う身分ならば…。
もし、あの方と両想いならば…。
今まで、何度思ったことだろう。
だが、そう考えたところで何も変わらぬ事実が、幾度となく私を絶望へと突き落とす。
でも、あと数日で祝言が挙げられる。
私は、新しい夫を愛さねばならない。
もう、いつまでも自分の運命に悲しんでいては駄目なんだ。
今日限りで、このことで悲しむのは止めよう。
未来の明るい結婚生活に期待しよう。
私は、無理やりにでもそう考えようと決心した。
-小十郎目線-
俺はいつも通りに政宗様と共に執務をこなす。
そうだ。
何も変わらず。
ただ、ひたすらに。
俺は、政宗様の右目だ。
こんな想いなんかで執務に支障を来してはならない。
竜の右目がそんなのでは、伊達軍に汚名を着せることになる。
しっかりしろ。
そう我が身を奮い立たせようとするが、いまいち集中できない。
己の現状に腹が立つ。
「おい。小十郎。」
気分がむしゃくしゃしているところに、政宗様が俺の名を呼ぶ。
「何で御座いましょうか。」
また、書類を書き間違えてしまったのだろうか。
最近の俺は、失敗ばかりしている。
紗夜の結婚が決まったあの日から。
「紗夜の奴、結婚するらしいな。」
「…そうらしいですね。」
曖昧に返事をする。
「…お前は、それでいいのか?」
それで、いいも何も無いだろう。
紗夜の結婚が決まってしまった以上、俺は何もできない。
彼女にこの気持ち伝えることも、もう叶わないのだ。
「……紗夜が幸せになるのなら、それで…。」
バシッ!!!
乾いた音が部屋中に響く。
俺は、最初何が起きたのか全く分からなかった。
どうやら俺は政宗様に殴られたらしい。
見上げると、政宗様が俺を睨みつけていた。
「紗夜が好きでもない奴と結婚することを、お前は分かって言っているのか!?」
…俺は自分の耳を疑った。
紗夜が好きでもない奴と結婚するだと…?
俺はてっきり紗夜が想い、紗夜のことを想っていると結婚すると思っていた。
だが、どうであれ、今の俺には何も出来ない。
「それなのに、てめえは、自分の気持ちを伝えなくていいのか!!!」
その言葉で目が覚めた。
「…政宗様。しばらく、外に出て来ます。」
そう言い、一礼すると、俺は急ぎ紗夜の屋敷へと向かった。
屋敷に着くと、女中達が慌てた様子で俺を出迎えた。
騒ぎを聞きつけて来たらしく、紗夜の姿が見える。
途端に俺の体は、紗夜を抱き締めるべく動き出す。
抱き締めると、柔らかい暖かさに包まれ、腕の中から驚きに満ちた紗夜の声が聞こえてきた。
「小十郎様…どうして…。」
「…他のところになんか行かねえで、俺のものになってくれ。」
すると、彼女の笑みと涙が溢れる。
「私なんかでよろしいのですか?」
「ああ。お前じゃねえと駄目なんだ。」
腕の力を強める。
もう二度と離さないように強く、だが、傷つけないようにそっと、優しく。
あの日から、
幼き頃に君に出会ったその日から、
ずっと持っていた君への恋慕。
ずっと求めていた君の想い、君の全て。
もう、誰にも渡さない。
君は俺が幸せにする。
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