犬を見つけた

それは雨の中凍えていた

「平気か?」

ここは、ローランド帝国の片隅

彼、若き英雄王ことシオン・アスタールは犬に傘を差し出した

すると犬は彼を見上げる

潤んだ瞳で彼を見上げる

そして尻尾を振って

「わんっ!」

一声吠えた

「そうか、お前も一人なのか…俺の城にくるか?」

シオンは犬に尋ねた

銀髪金目、彼の高貴さを漂わせるそれは今は雨に塗れ

しかしそれでもしっかりとオーラを放つ

「わんっ!」

シオンは犬を抱き上げる

まるでそこにいないかのように軽い犬だった

「よしよし、もう大丈夫だ
ご飯も沢山食べさせてやるぞ」

彼はぎゅっと犬を抱き、城へと歩きだした

「あれ?シオンじゃん…」

それをたまたま見かけた者がいた

黒髪黒目の長身の男、ライナ・リュートである

彼からはやる気というものは感じられず、眠さとだるさが漂う

そんな彼は夕飯の買い物をした後、泊まっている宿へと戻る最中だったのだが

路地裏で自分の親友を見つけたのだ

忙しそうだったので声はかけなかったが、友人、シオン・アスタールは壁にむかって話し掛け、傘を差し出していたのであった





翌日

ライナが眠たそうに城を尋ねると、事は既に起こっていた

シオンがいるはずの執務室が騒がしい

「何だぁ?」

ライナはそっと中を覗いた

すると、部屋の中では見知った顔の者が何人か顔を突き合わせて、こそこそと話している

「しかし、陛下があんなことになるとは…」

「勇者の遺物って奴なのか?」

「そういう風には思えませんが」

「先輩が迷惑かけすぎて、シオンさんが疲れちゃったんじゃないんですか?」

掻い摘んで聞くと、このような感じのことを言っているようだ

そういえば昨日、路地裏でよくわからない行動をとっていたシオンを見たなぁ、とライナは思った

「ライナ、こんなところで何をしているのだ?中へ入らないのか?」

そこへ彼の相棒、フェリス・エリスがだんごを口にくわえながらやってきた

艶やかな金の髪に澄んだ青い瞳、白く透き通るような肌

絶世の美女と呼ぶにもふさわしいその容姿は、見るものの心を奪い取る

しかし、彼女の顔はずっと同じで、およそ表情というものが感じられない

だが、ライナはそんな彼女の表情が、付き合っているうちにわかるようになってきていたりする

怒っていたり喜んでいたり

ライナはとてもよい変化だと、そう思った

「それで…一体何をしているのだ?」

フェリスは首を傾げた

「それなんだけど、シオンに何かあったっぽいんだよな」

「ふむ?と、いうと…急に踊りだしたりか?」

「何でそれが出てきたのかはわからないけど、まぁ皆結構焦ってるみたいだから、大変なことなんじゃねぇ?」

とにかく、と

「ここで立ち話も変だし、中入ろうぜ?」

そう言ってライナは執務室のドアを開けた

すると今まで話していたメンバーが全員振り向いて

「タイミングが悪いですね」

「先輩のせいですよ?」

「何でだよ!」

「今の陛下に会わせるわけには…」

などと各々迷惑そうに彼らを見た

するとそこへ、執務室と併設してあるシオンの寝室のドアが勢い良く開いて

「わんっ!」

シオンがそう言いながら、犬の走り方をして飛び出してくる

そしてライナの足元へやってきておすわりなんてする

「ちょ…」

「わんっ!」

さらにそう言いながらすりよってきたりして

「お前もかぁぁぁぁぁ!?」

ライナは思わず頭を抱えたのだった





「で、話を整理するとだ」

ライナは自分が昨日見たシオンと、その後の城での様子を聞きまとめる

どうやら、シオンは犬を拾ったらしかった

しかし、それは本人が言っていただけで、犬自体は誰も見ていないのだと言う

そして今、シオンは犬のように振る舞い、犬のように鳴いていた

どう見ても演技には見えない

「なんか俺、デジャヴ」

ライナはそう言って腕組みをした

前にも似たようなことがあったのだ

フェリスが犬の霊に憑かれたことがあった

あの時は本当に酷い目にあったと記憶している

そして、どうやらシオンも似たようなことになっているようで

隣で尻尾を振っているかのようにはしゃいでいたりして

ライナはどうしようかなと思った

いつも仕事を押しつけられるし、放置して帰るというのも悪くはないが

やはり友人

助けたいと思う

王様がいないとローランドの国民や、あいつの部下が困るだろうし

だから

「仕方ねぇなぁ」

ライナは頭をぽりぽりとかいた

「私も手伝うぞ」

フェリスもどうやら手伝ってくれるようで

相変わらずだんごを頬張っていたが、目はやる気に満ちていた

「しかし、あいつら人に任せて帰りやがって」

「うむ、私もだんごを買いに行きたいのだが」

「お前さっき手伝うみたいなこと言ったじゃん…」

「何のことだ?」

ライナ達が部屋へ来て、シオンが飛び出してきた後

見られたからには仕方がない、何とかしてくれ

的なニュアンスの台詞を残し、執務室で深刻に話し合っていた四人は出ていってしまった

残されたのは自分達とシオン

つまり押しつけられたような形であった

「はぁ…しかし、またどうしてこうなったのかねぇ」

ライナは横目でシオンを見た

「わふ?」

シオンは不思議そうに首を傾げてみせた

「あぁ〜もうこの際、今までの恨みを晴らすってのは……」

「くぅん……」

「あうぅ…」

ライナは逆転の発想をしてみたりしたが、潤んだ瞳で見つめられ、固まってしまう

「そ、そんな目で見るなよ…」

たじたじとシオンの頭を撫でてやった

するとくすぐったそうに身を捩る

「これは、図的にもかなりやばい…早くなんとかしようぜ」

ライナは困ったようにフェリスにそう言ったのであった

「ふむ、だが具体的に何をするのだ?」

「そうなんだよなぁ…」

「わん!」

「はいはいわかったから」

うーんとライナとフェリスは考えた

相変わらずシオンはライナの横でおすわりをしている

「一緒に遊んでやるとかはどうだ?」

「満足したら成仏するって?そんなうまくいくかねぇ」

「だがやるしかあるまい」

じゃあ遊んで見るか、とその場にあった本を投げてみる

するとシオンは本を投げた方へ走っていき、口でそれをキャッチする

さらにライナの元へそれを持ってきて得意そうな顔をした

「完全に犬だなぁ」

「犬は一度受けた恩は忘れないらしいが、シオンだしな」

「でも元に戻ったらだんごとか奢ってくれるかもよ?」

「…なるほど…しかし前似たようなことを言った気がするな」

フェリスはシオンにあった頃にそのようなことを言ったのだ

そしてだんごを毎日持ってこさせたことを思い出す

「よし、正気を取り戻し同じ事をさせるぞ」

「お、おぉ…?よくわからないけど、お前がやる気なってくれてよかったよ」

がぜんやる気になったフェリスを横目にライナはたじろいたのであった

「よしシオン!遊び倒すぞ!」

「わんっ」

「だんごの串を取ってくるのだ!」

「わん!」

しばらくして、外に繰り出した三人は場内の庭を駆け回っていた

さっきと同じように、シオンは犬の格好のままだ

「やっぱり王さまが四つ這いで走り回ってると違和感だよなぁ…」

今はフェリスが戯れていて、ライナはその様子を見守っていた

「前はホント、声が出ないくらい、お金とか…やばかったもんな」

だから今回は霊媒師には頼らない、とライナは決めていたり

「…楽しそうだな」

しばらく様子を見ていたライナだが、フェリスとシオンが走り回っているのを見て、何となくまざりたくなって

「よし、俺が投げたのも取ってこい!」

と思わず執務室から持ち出した羽ペンを投げてみた

するとシオンはばっと飛び上がって手でそれを掴む

「あれ?もしかして」

「だんご神様の力のおかげだな」

「いや、違うんじゃな…」

「よく戻った」

「無視!?」

二人はシオンを見ながらそんな会話を交わす

どうやら、本当に彼は戻ってきたようだ

シオンは笑って

「ただいま」

二人にそう言った

シオンは今まで走り回っていた記憶はあるようだった

本人に聞いてみると、自分の中にいた犬は喋りかけてきたのだという

淋しい、淋しいと喋りかけてきたのだという

「話聞いてたらさ、どうやらそいつ母犬がいないらしいんだ、それで探していたら俺がたまたま見つけてさ
…まぁ霊だったんだけど、それで遊んだら満足するっていうからさ、俺が身体貸したんだ」

「そうか、淋しい奴だったんだな…」

「向こうで母さんに会えるといいよな」

シオンはそう言って首を回した

「しかし、よく走れたなぁ俺」

コキコキと音が鳴った

フェリスは再びだんごをくわえながら

「うむ、実に楽しそうだったぞ」

とにやりと笑った

「で、だんごを毎日奢るんだっけ?」

「そうだ、わかっているじゃないか」

「まぁ聞いてたしね…」

シオンは先程フェリスに自分が毎日だんごを奢る話を思い出したのだ

だから話をふってみれば、顔を輝かせて食い付かれた

「ローランドにいる間は毎日食べに来たらいいよ」

シオンはそうフェリスに言った

「うむ!」

すると彼女は嬉しそうに頷く

「ライナも食べに来たらいいよ」

「マジ?」

「勿論」

友達だろ?とシオンは笑った

こうして、わんこ事件は幕を閉じた

しかし、翌日嬉しそうにだんごを食べに来た二人に向かって、シオンがにこやかに仕事を押しつけたのは、また別の話である




[戻る]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -