「よし、逃げよう」

彼は言った

「また急にどうしたの?」

言われた相手は不思議そうに首を傾げる

「いや、俺ってばさ連日働かされっぱなしだし?」

「うん」

「フェリスに会うたびにお金は団子に飛んでくし?」

「で、逃げると?」

「そうそ」

やんなっちゃうよな、と黒髪黒目の長身の男、ライナ・リュートは言った

彼からはやる気のオーラというものは感じられず、眠さとけだるさが漂ってくる

対して、ライナを見つめる男は、ここメノリス大陸の南にある国、ローランド帝国の若き英雄王シオン・アスタール

銀髪金目が高貴さを更に際立たせる

彼らは親友、もとい悪友である

現在、シオンの執務室で二人は書類の整理に追われていた

「大体、何で俺がお前の仕事手伝わなきゃなわけ?
俺ってば一日90時間くらい寝ないと生きてられないんだぜ?」

「ははっ、3日徹夜していてよく言うよ」

「誰のせいだっつの…はぁ、だる…」

ライナはそう言ってけだるそうに椅子の背もたれに身体を預けた

「ところで、さっきの話どうなったの?」

「逃げるって話?」

「うん」

「勿論逃げる」

「あ、やっぱり逃げるんだ?」

「けど、お前も一緒な」

「俺も?」

「そう」

シオンはまた何で?と言った

ライナの誘いは嬉しいけれど、今はまだあまり休むわけにはいかった

仕事は山積みだし、やることは沢山ある

しかも現在やっている書類に全部目を通してサインしないと次の段階へ進まないのだ

「俺さ、いつも言ってるじゃん?お前考えすぎなんだって」

「そうかな?」

「そうだよ、だからさ…たまには休めって」

「う〜ん…だから一緒に行こうって?」

「そう」

ライナは立ち上がり、シオンの机の前まで来た

そして、いつかのあの時のように手を差し伸べて

「俺と行こう、シオン」

なんて言って笑って

「全く………立場が逆じゃないか」

「あの時はお前が言ったんだもんな」

「断ったくせに」

「色々あったんだよ」

「はは、まぁいいや今回だけだよ」

叶わないなぁ、とシオンは楽しそうにクスリと笑い、ライナの手を取った

「…フェリスが黙ってないんじゃないかな?」

「やっぱり?」

だよね、とライナは苦笑して

そして彼らは一呼吸おいて、窓から飛び降りたのだった





軽くドアが叩かれた

「失礼いたします」

直後、そんな台詞とともにドアが開かれる

入ってきたのは長い黒髪を揺らし、服も黒で覆われた若い男性

右手に煌めく赤い指輪が印象的である

彼の名はミラン・フロワード

シオンの部下で淡々と仕事をこなしている

「おや、先程までは声が聞こえたと思ったのですが…いらっしゃいませんね」

彼は今、ここにシオンに調べておいてくれと言われたことをまとめた資料を届けにきたところだった

と、そこへ再び慌ただしくドアが開いた

今度はノックも何もなく突然に

「聞け!だんごの特売日だ!買い占めに……む?」

続いて勢い良く入ってきた人物はフロワードを見てぴたりと動きを止めた

「場所を間違ったか?いや…ここはシオンの部屋のはずだ」

そして何やらぶつぶつと呟いている

「フェリス・エリス…どうしてまた、こんなところに?」

「だからだんごの特売日なのだ」

「ほう、で…陛下と一緒にいるライナ・リュートと陛下をつれてそのだんごを買いに行くと?」

「うむ
しかし、二人ともいないんだな……はっ!?まさか愛の逃避行か?」

「まさか、そんなことあるわけないでしょう?」

フロワードはフェリスを見ながら言った

彼女は美しい金色の髪を腰まで垂らしている

透き通るような白い肌に青い瞳、きゅっと引き締まった身体

彼女はライナ・リュートの旅のパートナーだ

また彼女は剣の一族と呼ばれるローランド帝国の王を代々守っている謎に包まれた家系

彼女の剣の腕は一流…その太刀筋は一般にはとてもとらえられない

しかし、あまり感情というものが感じられないのだ

彼女はいつも無表情であった

まぁ、ライナと旅を続けてきた結果それは徐々に取り戻されつつあるようだが

「気のせいだといいな、しかし…見ろ手紙があるのだ」

「手紙?」

フェリスが指差した先に、確かにそれは存在した

丁度シオンの机の上

そこには『探さないでください☆』なんて書いてあった

「だから言っただろう、逃避行だと!」

ふふん、と得意そうにフェリスは仰け反った

「…陛下」

フロワードは思わず持っていた書類を取り落とす

「しかし、全くあのバカ共は何をやっているのだ」

その横で、だんごを食べながらフェリスは言った

「仕方ありません、貴女、私と一時組みませんか?」

フロワードは顎に手をあて、そんなことを言った

彼は、一番早く解決しそうな方法を選ぶ

フェリス・エリス、彼女と組めば効率はいいだろう

「ですが、これは私がほとんど仕事をする気がしますね?」

「いいだろう!では、情報収集は任せた
私は特売のだんごを買いに行ってくる」

フェリスはそういって部屋を出ていった

「はあ…やはり、こうなるのですね…」

はぁ、とため息をついてフロワードは早速仕事に取り掛かることにした

「待っていてください陛下」

と、彼は不適に微笑んだのであった





一方、ライナとシオンは疾走していた

「相変わらずライナは速いなぁ」

「お前だって速いじゃん」

「そんなことないよ、ライナが俺にこっそりあわせてくれてるの、わかってるんだから」

風を切って遠くへ

今はもうシオンが先程までいた城は見えなくなっていた

「たまには、こういうのもいいだろ?」

「そうだな〜今まで缶詰だったし」

「だから言ったじゃん?息抜き大事だって
今は仕事忘れてぱーっとしようぜ」

「そうだね」

二人は走りながらそんな会話を交わす

普段はあまり話せないこと、昔のこと、今のこと

シオンは久々に楽しく話して、笑って

仕事で余裕がないと、彼らと話している時間なんてないから

だから、こうやってライナと話せるのは嬉しかった

「俺はお前たちが羨ましいよ」

ふとそんなことが口からもれて

「んあ?何か言った?」

「いや、何でもないよ、楽しいな〜って」

「そうか、そりゃよかった」

「愛の逃避行だね」

「気色悪いこと言うなって」

「ははっ」

シオンは親友と過ごせる日々を

一刻一刻と迫る時間の中で

楽しくすごそうと、そう思った





フェリスがだんごの特売から戻ってくると、既にフロワードは事を済ませていた

「流石早いな、全く働くことを知らないライナ・リュートとは大違いだ」

「お褒めに預かり光栄です」

パサリと彼はフェリスの前に自分が調べた資料を置いた

「ふむ」

彼女は受け取り、それを読む

「意外と近くにいるようです」

「そうだな、行くか」

彼らは走り出した、ライナとシオンがいる宿屋へ

「ふふ、ライナ…今に見ていろ…だんご神様の怒りをお前に食らわせてやる!」

フェリスはそんなことを言っているが、彼女なりに心配しているのだ

以前、ティーアという魔眼保持者にライナがついていったことがあった

あの時は約束を破られ、自分やシオンに多大な迷惑をかけたのだ

また、今回も、シオンが一緒とはいえ、勝手に消えたことに、彼女はいらいらしている

だから、思い切りあったらいじめてやるのだと

彼女は剣を握り締めて

そう言って

フロワードはそれを横目で見ながらも、何も言わずに走り続けていた





「シオン」

「んん?」

とある宿屋の一室

彼らが逃げ出して二日

シオンとライナはここを拠点にこっそりと過ごしていた

「あのさ」

「うん」

「多分見つかった」

「あ〜…やっぱり?あいつら優秀だなぁ、仲間にしておいて良かったよ」

「そんなのんきなこと言ってる場合なの?」

とんとんとん、と階段を上がってくる音がした

そして大きな殺気

シオンとライナは結構前から気が付いていたりする

だから、ライナは今話を切り出したのだが

「もっと早く話せばよかったかな?」

「うーん…まあいいんじゃないかな」

「そっか、じゃとりあえず最後のあがきでもする?」

そういって二人は再び窓から飛び降りた





「見つけましたよ陛下!」

「死ねライナぁ!」

ドアが開いて、予想通りフェリスとフロワードがやってきた

と、いってもライナ達は入れ違いに窓から飛び降りたばかり

「やられました」

「たまにはあいつらもやるな」

キョロキョロと見回しても誰もいなかった

でも、フェリスはベッドへ行きそこへ手を突っ込む

「やはりライナは直前まで寝ていたようだ」

ベッドは暖かかった

「そうですか、ではそう遠くへは行っていませんね」

「どうせ近くの草むらにでも隠れているのだろう?」

彼女はそういってライナ達と同じように窓から飛び降りた

下には当然ライナ達が様子を見ながら待機しているわけで

「ちょ、何飛び降りてきてんの!?」

「ライナ、避けた方がいいんじゃ……ってもう遅いかな?」

「もっと早く言…ぎゃあぁぁぁ!?」

むぎゅっと、ライナはフェリスの足に踏まれる

「おやいたのか」

「って、何かデジャヴなんだけど…」

ライナはその勢いで地面に顔を伏せ、もごもごとそう言った

「おっと、ライナおとり作戦だ!」

「抜け駆け!?しかもおとり俺じゃん!」

シオンはそれを愉快そうに見ながら走り出す

だが、彼の前にもまた

「陛下」

ミラン・フロワードが逃がすまいと立ちふさがった





「で、お前わざわざ追ってきたわけ?」

「うむ」

「あのさ、足どけてくれない?」

「何のことだ?」

「えー……」

ライナはまだフェリスに下敷きにされたまま動けずにいた

シオンはおとり作戦などと言っていたが、結局自分も部下に捕まったらしかった

「探した」

「えと」

「また、あの時みたいに、いってしまうのかと思った」

「その、あー…ごめん?」

「まだ逃げるか?」

「いや、お前と戦っても俺けちょんけちょんだし…いいよ、降参」

ライナが困ったようにそう言ったのを聞くとフェリスは足をどける

そして、彼を思い切り蹴り上げた

「ぎゃあああああ!!」

「よし」

「よしじゃな…あ、ごめんなさい、すみませんでした」

フェリスはライナが反応する間も無くのど元へと剣を突きつけた

「き……気がすんだ?」

「だんごをおごれ」

「えー」

「今日は五件ほど新商品を出すところがあるのだ、さっさと行って買い占めるぞ」

「え?それもしかして全部俺持ち?」

「当たり前だ」

「うわ〜」

勘弁してよ、とライナは言ったが、そんな言葉は彼女に届くはずもなく、むなしく消えていったのだった





ライナがフェリスと一緒に歩き出した頃、シオンはフロワードと対峙していた

「またなぜこんなことをしたのです?」

「うん、それなんだけどね?ライナが」

「またあの者のせいなのですね」

「いやそうじゃなくて」

「では?」

「ライナがさ、たまには仕事休めって言うからさ、こう俺の顔が怖いって言うもんだからさ」

「それで仕事を抜け出して逃げたと」

「うんそうなんだ」

悪かった、とシオンは言って

「埋め合わせはちゃんとするよ、この国をよくするために頑張らないと」

「戻っていただけるのですね」

「俺がそんなに融通利かない奴だと思ってるのか?」

「まさか」

金色の、強い意志を持ったその目で見据えられる

フロワードはぶるりと身震いした

彼ならきっと、この国を

いや世界を

変えてくれるから

だから皆彼の輝きや眩しさに惹かれてやってくるのだ

「帰りましょう」

「そうだな」

自分はどこまでも彼についていくのだと、ついてきてよかったと、改めて実感したフロワードだった




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