「今日は街にでかけてきたらどうだい?」

かたりと机の上にペンを置きながら、銀髪金目のローランド王シオン・アスタールは言った

「街ですか…確かに私、ここにきてから行ったことないかもしれません」

隣の机でひたすら紙に目を通していたアネモネ・コンパラリアはそう言って顔をあげた

「シオンさんも一緒ですか?」

「…実は行きたかったんだけど…」

シオンはごめんね、と申し訳なさそうに言った

アネモネはシオンも一緒に来ると思っていたので、若干しょんぼりする

「仕事ですか?」

「うん、急に現地に行かなくちゃいけなくなったんだ
俺からいきなり言いだしておいて、これはちょっと酷いよね…」

「いえ、そんなことないです
一人でもくるくる回ってきます、そしてシオンさんが知らないような穴場を探してきますよ」

「ありがとう」

シオンはそう言って笑った

アネモネもにこりと笑い返す

ライナやフェリスが執務室へこない時は、大概二人きりで作業をしていることが多い

ほとんどはシオンの元に舞い込んできた報告書のチェックなのだが、稀に今回のように直接出掛けなくてはならないときがあるのである

「街の人たちも、きっとアネモネに色々教えてくれるよ」

「だといいんですけど…お城の人達にも聞いてみます」

だから大丈夫です、とアネモネは言って

シオンはそんな彼女を見て

「今度は一緒にでかけよう」

そう言って席をたったのだった





シオンが数人の護衛と共に城を発つのを見送ってから、アネモネも支度を始める

緑がかった長い髪をサイドでくくり、シオンからもらったピンクのリボンでそれを止める

彼女の髪と同じ色の深い緑のドレスにケープを羽織り、黒いブーツをはく

スカートの丈は短めで膝より少し上

ブーツの高さもくるぶしより少し上なので、間からは白い下腿が覗いている

「よし…今日はいっぱい探険しよう」

アネモネはそう言って傍に置いてあったカバンに手をかけ、金銭を確認する

何かお金が必要なときに、財布がなくては困るからだ

彼女のお金は、シオンの仕事を手伝う度にちまちまともらえるもの

アネモネは最初いらないと言ったのだが「好きなものくらい買わなきゃ」というシオンの一言に負け、今はしぶしぶと受け取っている

アネモネはカバンの中身を見終えると、そのまま部屋を出て近くの人に出掛けるということを伝えた

その人はたまたまシオンから話を聞いていたらしい

「気を付けて行ってこいよ」

と、にやりと笑って手を振ってくれた

赤くつんつんとたった髪と、片腕が黒い青年であった

アネモネは彼に軽く会釈し、城の外へと足を踏み出した





街を目指して歩いていると、声をかけられた

どうも服装からして城で働いている者のようだ

亜麻色の髪をポニーテールにし、幼い感じの彼女の顔でくりくりとした赤い目が動いている

しかし声をかけられたはいいものの、アネモネは今まで顔を見たことがなかった

「貴方が噂のアネモネさん?」

どこかですれ違ったのかもしれないと、記憶を漁っていたが、こてりと首を傾げてそんなことを聞かれる

シオンが自分を拾ってきたことは広く知れ渡っているのだろうか

「私はミルク!忌み破り追撃部隊っていうところの小隊の隊長をしてるの」

「忌み破り…?ミルクさんはお城で働いているんですか?」

「お城っていうか、ほとんどは外だけど…
忌み破りっていうのは許可なく国の外に出ていっちゃう人達のことだよ
世界は今落ち着いてるけど、魔法は今だに国によって違うから仕組みがばれちゃうと困るみたいなの」

アネモネは納得したように頷く

現在彼女は仕事を手伝う合間に、シオンから本を借りて色々勉強していた

どうも自分は世界のことや国のことなどに疎いらしく、よく話についていけないのである

だから時間を見ては自分が知らないようなことが書いてある本を読んでみたりしていたのだった

「どこかに出かけるの?」

「はい、街に行ってみようかと思って」

ミルクに聞かれ、自分が何をしようとしていたか思い出す

本のことを考えていたらそれだけで頭がいっぱいになりがちだ

「シオン様と?」

「いえ、シオンさんは出かけてしまって…」

「あ…さっきのざわざわかな?」

なるほど、というようにミルクは城を見上げた

彼女やアネモネが働いている城は、大きくて何だかオーラがある

シオンから放たれている王者の風格とはまた、違うような

ちょっと威圧感があるような、そんな感じ

「よければ一緒に街を回らない?」

「え、でも…」

「全然いいよ!私もこれからそっちに行く用事があったんだ」

ほら、行こう?とアネモネはミルクに手を取られる

彼女は楽しそうに笑いながら駆け出した

笑顔がとても可愛らしく、その辺の男の人は挙って振り替えるのではないかと、アネモネは思った

シオンと一緒に街を回れず、ちょっと淋しいかもしれない、なんて感じていたアネモネにとって、ミルクはよいタイミングでやってきたのかもしれない

彼女と一緒に買い物をするのも、きっと楽しいだろうとアネモネは思った

「私が案内してあげるね!」

ミルクはとてとてと先行して歩く

くりくりとカールしたポニーテールが左右にゆれる

「アネモネは街を見て回るの初めて?」

「はい」

「じゃあいっぱいおすすめの場所を教えてあげるね?帰ってシオン様に自慢しよう!」

「はい!」

街を歩きながら会話する

がやがやと賑わっている通りには、店が沢山並んでいた

「ここのね、ケーキがおいしいの」

「甘いものおいしいですよね」

「うん!でもルークの作るケーキもね、ずっとずっとおいしいよ」

とある店の前でそんな会話をする

ふと彼女の口から漏れた、ルークという名前も今までアネモネは聞いたことがなかった

「ルークさん、ですか?」

「私と同じ仕事をしている人
優しくて何でもできるんだよ」

「それはぜひ会ってみたいです」

「同じお城にいるんだからすぐ会えるよ!シオン様とも結構話すみたいだし」

気になって聞いてみると、にこりと笑いながらミルクはそう言った

彼女の話では、真っ白い髪の青年だそうだ

「まだまだお城の中でも知らないことが多そうです…」

アネモネはそう言って、外に陳列してある色とりどりのケーキを見つめた

「せっかくだから何か買う?」

ケーキをじっと見つめていると、ミルクはそう言って笑った

「そうですね…じゃあ…」

アネモネはそれに軽く頷き、一番おいしそうな一語が乗ったケーキに手を伸ばす

しかし、その手はケーキを掴むことはなかった

誰かに腕を捕まれたのである

何事かとアネモネが驚いて振り返れば

「ケーキよりもだんごにしておけ、そっちの方が美味いそ?」

なんて言いいながら、だんごを頬張った先日会ったばかりのフェリスが立っているではないか

「フェリスさん…?何でここに?」

「む?私がここにいてはおかしいか?私は友達とだんご巡りに来たのだ」

ほれ、とフェリスはアネモネにだんごを差し出した

どうやらくれるらしい

「友達ってライナさんですか?」

「ライナは相棒だぞ?友達とはこいつのことだ」

フェリスはそう言ってくいっと指で後ろを指差した

その先には赤い髪に赤い瞳をした小柄な女性が立っている

「えっと…キファっていいます」

よろしく、と照れくさそうにキファと呼ばれた女性は挨拶した

「なぜ照れるのだ?」

「だ、だって友達って」

「何を今更なことを言っているんだ?」

「そ、そっか…そうだね」

フェリスに真顔でそんなことを言われ、キファはますます顔を赤くした

「とにかく、ケーキよりもだんごなのだ」

しかしフェリスはそんなことは気にせずに、再びそう言ってだんごを口に含んだ

「あなた、ライナと一緒にいる美人だけの!」

「うむ、私は超絶美人だぞ」

「そうじゃなくて!」

ミルクはしばらくその光景を見つめていたが、はっと我に返ったのかフェリスを指差してそんなことを言った

しかし、たいして興味もなさそうにもごもごと口を動かしながら、フェリスは答える

「お知り合いなんですか?」

「私、前はライナとあの女を捕まえるために国外で働いてたの」

「えっ……ということはライナさんとフェリスさんは忌み破り?」

「そんなことはないぞ?あのバカ王が仕組んだことなのだ
私とライナは王の指示で動いていたからな、てっきり許可が降りていたと思っていたのだ」

フェリスは怒ったような、でもちょっと楽しそうな表情でそう言った

彼女は元々感情表現は苦手だが、ライナと今まで旅してきた中で徐々にそれを取り戻しつつあった

現在も彼や友人と遊んだりふざけたりして、さらにそれがわかりやすくなったりしていて

まあ本人は気が付いていないのだけれど

「私のことはフェリスでいいぞ」

「じゃあ私はミルクで…じゃないよ!?」

「だからさっきから一体なんなのだ?」

フェリスは不思議そうに首を傾げた

ミルクはどうしたものかと一瞬黙り込んだが、息を思い切り吸い込んで

「ライナと結婚するのは私なんだからね!」

と、顔を真っ赤にしながらそう叫んだのだった

その言葉にびっくりしたのはフェリスだけではなかった

キファも両手で口を押さえている

叫んだ本人は相変わらず真っ赤である

「な、何を言っているのだ…」

「だから、ライナのお嫁さんは私なの!」

「ちよ、ちょっと待って?フェリスがライナをってのはわかってたけど、貴女もなの?」

「ち、違うぞ…わた、わたた…私はライナなんて…」

ミルクにつられてか他の二人も頬を染めた

アネモネは途中から完全に置いてきぼりである

とにかく彼女にわかることは、先日フェリスと一緒にいた長身で眠たそうな目の男、ライナ・リュートのことをあの三人が好きなのだというくらい

フェリスはふるふると首を振っているが、明らかに動揺しているのがわかる

「み、皆さん…あの…道の真ん中でこれはまずいんじゃ…」

どうしたものかと思ったが、アネモネはとりあえず行動に移すことにした

せっかくこうやって会えたのに口論なんてしていては勿体ない

「場所でも移しましょうよ…」

と、アネモネは必死に目で訴えた

すると三人の少女も流石にまずいと思ったのか、申し訳なさそうに頷いた





「結局、ライナがはっきりしないのが悪いと思うんだよね」

「確かに……」

「うむ、あいつは色情狂だからな…」

場所は移って、フェリスおすすめのだんご屋で四人はだんごを摘む

話題となっているのは当然ライナのこと

最初はぐだぐだと言い争っていたのだが、今は「ライナが優柔不断」で話がまとまったらしい

愚痴の言いあいである

「いつまでもライナがあんなだったらどうする?」

「流石にそれは…」

「首と身体が離婚だな」

アネモネは間に入るべきか悩んでいた

先ほどの火花が散るようなものとは違うものの、どうも落ち着かない

だからもう思い切って空気を読まないことにする

「あの、どうせならライナさんのところにいって聞いてくればいいんじゃ…」

と、まあたきつけてみた

「そっか…それならはっきりするね」

「アネモネ、いいことを言ったな」

するとやはりというか、三人は納得したように顔を見合わせ

「じゃあ、ライナにはっきり決めてもらいに行こうか」

そう言って走って行ってしまった

一人残されたアネモネは、残されただんごを食べながら今日のことをどんな風にシオンに報告しようかと考える

「特に買い物はしなかったけど、それなりに楽しい一日でした」

因みにライナは三人を振り切るのに自分の休みを削り、一日逃げ回ったとか

後日会った三人には今度はちゃんと一緒に遊ぼうねと、そう言われた

女の子同士も悪くないなあと、アネモネは思った




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