「犬臭い!あっちに行ってよキバ!」 「おまえこそ猫のくせー匂いがプンプンするぜ!」 「なんですって!?」 忍猫使いの猫井家の一人娘、猫井名前と、忍犬使いの犬塚家長男犬塚キバは、幼い頃からちょー仲が悪い。犬と猫だからって訳ではなく、ただ単に気が合わないってだけ。だって親同士は仲良しだもの。キバとはしょっちゅう喧嘩してる気がする。キバってば昔から私にだけ意地悪なんだから。だから、嫌い。それにガサツだし、野蛮だし。 でも赤丸は好き。昔は小さかったのに、今ではあのクソキバを乗せて走れるくらいまで大きくなった。私にもよく懐いてくれてるし、飼い主とは大違い。でも犬臭い、は本当。それは赤丸には秘密だけど、猫井一族の匂いってのがあるから仕方ない。 今日も木の葉の森を私に仕える忍猫のエルとエマ、そして赤丸と散歩する。あとキバ。エルはキバと赤丸と少し前を飛び回っているけど、忍猫として仕え始めたばかりのエマは私の横を静かに走っていた。 「エル!あんまりはしゃぎすぎちゃダメだよ」 「ニャン!」 「もう。…エマも無理だけはしないでね」 「にゃ〜ん」 「よし!いい子!」 ここら辺は木の一本一本がとても高く、誤って落ちたりなんてしたら忍者でも無傷ではいられないだろう。この子たちなんかが落ちればそれこそ死に至ってしまうかもしれない。たとえどんな高さであっても気を抜いてはいけないと充分聞かせてはいるんだけど、エルのテンションは赤丸とキバがいることによって最大限に達しているようで、私の話をまったく聞こうとはしない。 「エマ疲れた?休む?」 「にゃん」 男の子のエルと違って女の子であるエマは体力がまだ無い。さっきからジャンプ力も落ちてきているし、多分疲れてるんだと思う。もうだいぶ動き回ってるし、そろそろ休憩でもしないとね。そう思った私は前を走るキバに声をかけた。 「もう少しゆっくり行こうよ!ねぇキバってば!」 「なんだよもうついて来れねーのかよ!」 「違うよ!エマを休憩させてほしいの」 「あぁ?聞こえねー!」 「だから!エマに休憩を……ッキャア!!」 枝から枝へと跳び移った時だった。私の着地した枝がバキバキと音を立てて折れた。突然のことに対処しきれなかった私はもちろん受身も取れないまま下へと落ちてゆく。忍ともあろう者が木から落ちて怪我だなんて一生の恥。キバの私の名前を叫ぶ声に、私は来るであろう衝撃にギュッと目を瞑った。 だが、いつまで経っても痛みは来ない。不思議に思い恐る恐る目を開けると、そこにはキバがいて。私を横抱きしたまま木の根元に寄り掛かっていた。助けて、くれたの? 「はぁー…危なかったぜ…」 「わ、わたし…っ、」 「あそこから落ちたんだよ。名前」 指の先を見上げる。その数十メートル先に先端の折れた枝があり、そこが私が落ちてきた場所。あんな高さから落ちたんだと理解した途端に恐怖に震える身体。キバが助けてくれなかったらどうなってただろう。 「怪我はねぇか?」 「大丈夫。…あの、」 「ん?」 「…ありがとう。キバ」 「……ああ!」 キバは一瞬だけポカンとした間抜けな顔をしたあとすぐに笑顔になった。嫌いだの何だの言い合いつつ、いつも一緒にいたキバのこんな顔見たことがない。キバってこうゆう風に笑うんだ。そう思った時には心臓が大きく音を立ててた。これが何を意味するのか分からない歳じゃない。でも何故か不思議なくらい受け入れられた。 なんだろう。キバがカッコ良く見える。それは勘違いなんかじゃなくて、私は昔から彼のことが好きだったのかもしれない。認めたくはないけど、きっとそうなんだ。 もう恋は 始まっていた title / 確かに恋だった (110809) |