案内された大広間で、慣れない正座を必死に保ちながら黄瀬さんのご主人様を待つ。ほんの数分の時間が延々と感じられ、和風造りの生活感ある部屋にも関わらず生きている心地がしないのは、極度の緊張と恐怖のせいだろう。黄瀬さんは「もっと肩の力抜いて」と苦笑いするが、無礼の無いようにと言ったもの彼であることから、リラックスして待つかこのまま待つのかどちらを取るかと聞かれたらそれは後者であった。怖いのは御免だ。
そうこうしている内にトントントン、と木目調の廊下を歩く足音が聞こえた。途端に伸びる背筋。やがて障子の戸が開き、赤髪の青年が姿を現す。綺麗な顔立ちではあるが私と然程変わらない年頃に見える。彼は唖然とする私を一瞥し上座に着くと、今度は幾分か柔らかい眼差しで黄瀬さんを見た。


「赤司っち」
「ああ、全て分かっているよ」


再び赤い双方が私を捉える。優しいとは形容し難いけれど先程のような厳しさは孕んでおらず、気品溢れる優雅な物腰は幾分か私を落ち着かせる雰囲気を与えた。


「僕は赤司征十郎。聞いている通りそこにいる涼太の主だ。僕は君の名前を知っているが、君の口から君の声で名前を教えてもらえないだろうか」


赤司さんは怯える私を安心させる笑みを浮かべそう尋ねる。先程「全て知っている」と言っていたのは私の名前まで含まれているのだと知り思わず息を呑んだ。


「名字名前、と申します」
「名前か。君に似合う良い名だ」
「ありがとう…ございます」
「そんなに畏まらなくていい。僕に聞きたいことがあって来たんだろう?」
「え?」


聞きたいこととは一体何の話だろうか。助けを求め隣に座る黄瀬さんに視線を送る。それに気付いた黄瀬さんは、一度頷いてから赤司さんに向かって口を開く。


「この子を表の世界に帰す方法があるかどうか聞きに来たんス」
「え、あの…!」
「もともとこれを聞く為に君を連れて来たんスから」
「…すみません」


後で話すと言っていたのはこれのことかと察する。そして、初対面の、しかも得体の知れない女にここまで親切にしてくれる黄瀬さんには本当に頭が上がらない。嬉しさよりも申し訳なさの方が大きくて掠れた声で謝罪を述べれば、くしゃりと項垂れる私の頭を黄瀬さんが撫でた。


「名前、顔を上げて」
「………」
「そう怯える必要はない。僕も涼太も君に危害を加えるつもりはないからね」
「…はい」
「さっそくだけれど、単刀直入に言う。君を元の世界に帰すことは不可能ではない」
「!!!」


真っ暗闇に、一筋の光が見えた瞬間だった。帰れる。帰れると思ったのに。


「ただ」
「ただ?」
「薦めることは出来ない」
「なっ……なんで、ですか?」
「……」


口を固く結ぶ赤司さん。理由を話すべきかどうか思案しているようだった。黄瀬さんを見るも彼は赤司さんから目を逸らそうとせず、私の視線に気づいていて尚目を合わせようとはしなかった。

ああ神様、どうかお願いです。これは悪い夢だと言って。


第一章・第五話(13'0522)
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -