いつも通り夕食後にお風呂を済ませた私は、就寝時間より大分早いがもう寝てしまおうと布団に潜ってはみたものの何故か寝付けずにいた。身体は疲れているはずなのになんでだろう。眠くもないのに無理に寝ようとしても多分寝れないと思うし、気分転換に外の空気でも吸おうと上着を羽織って外へ出た。
引き戸を開けると冷気が流れ込んで来る。上着の袖を指先まで伸ばして身を縮ませる。これじゃあ余計に目が覚めてしまうが、どうせ寝れないのだから縁側を散歩でもすることにした。


やがて曲がり角に差し掛かり、そのまま道なりに沿って曲がれば突然現れた日差しに目が眩む。前が見えない程の光。暗闇の中で懐中電灯を直接目に向けられた時みたいにチカチカした。


「まぶし…」
「あんまり直視したら駄目だよ。目が潰れちゃうから」


近くで黄瀬さんの声が聞こえた。でも、目が潰れるってこんな夜更けに太陽でも昇っているのだろうか。本来だったらあり得ないけどこの世界ならあり得るのかもしれない。
なんて考えつつ目が開けられないため身動きをとれないでいると、衣服の擦れる音と床が軋む音、それから手を引かれ縁側にゆっくり座らされた。薄く目を開けてみるが、やはり光が強すぎて目の奥が少し痛んだ。


「目がチカチカします…」
「慣れるまでは少しキツイかもね」
「こんな時間に何で太陽が」
「残念ながらこれは太陽じゃないよ」
「え、でも」


太陽じゃなかったら、この光は一体


「月だよ」
「これが、月…!?」


私が知ってる月はどんなに見上げても目なんて潰れないし、そもそも目が開けられなくなる程の光は発していない。
世界を白く覆ってしまいそうな輝きを放つ月。直視出来ないのも頷ける。きっと物凄い大きさなんだろうなぁ。


「ねぇ、名前。妖には月に一度だけ特別な日があるんだけど、それってどんな日だと思う?」
「特別な日?」
「うん。人間にとってはあんまり特別には感じないかもしれないっスけど」
「人間には特別じゃないけど、妖にとっては特別な日…」


突然出された問題に戸惑いつつ、その特別な日とやらがどんな日なのか考える。月に一度の楽しみなら私にもあった。給料日だ。毎月幾ら入っているかを通帳で見るのが楽しみだった。しかし給料日があるとは思えないし、この答えは絶対に間違いだ。


「わからない?」
「わからないです…」
「正解は満月だよ」
「満月…なんかファンタジーっぽいですね」
「そんなに面白いっスかね」


架空小説によくある設定に失礼だけど少し可笑しくて笑ってしまった。某漫画の主人公が大きな猿になってしまうように、狼男が豹変してしまうように、吸血鬼が惑わされるように、妖にも影響を与える何かが満月にはある。幻想的で神秘的で、そういうのは好きだ。


「ごめんなさい。小説みたいなことってあるんだなって思ったらつい」
「俺も最初はそう思ったけど、実際に特別だったから驚いた」
「…"最初は"?」
「あ、ん、そうそう!ちゃんとした自我が産まれてからの話!」


珍しく慌てた様子の黄瀬さんは「それよりそろそろ目開けて大丈夫なんじゃない?」と話を逸らす。それに頷いてそっと目を開けた。大丈夫。直接見なければ眩しくない。さっき言った『最初』という単語が引っ掛かっるけど今は気にしないで置こう。ただ出ちゃっただけかもしれないし。


「平気?」
「はい。なんとか」
「良かった。これから慣れれば月も見れるようになるよ。眩しいけどね」
「早く慣れてこっちの月を見て、み…たいで、す……」


顔を上げ、私は息を呑んだ。だって月明かりに照らされる黄瀬さんがあまりにも綺麗だったから。黄色い糸がきらきらと輝き、琥珀色の瞳も宝石のように揺れている。身近過ぎて忘れていたが、黄瀬さんってばかなりのイケメンさんだった。


「名前?」
「な!何でもないですってば!」
「まだ俺何も言ってないスけど」


意識した途端に頬に熱が集中するのが分かった。このイケメンがお屋敷の主で、命の恩人で、妖怪で、イケメンで、イケメンで………。


「大丈夫?」
「だいじょぶです…」
「うそ。顔赤いっスよ。それに本当はまだ具合悪いんでしょ」
「なんでそれを」
「サヨから夕飯ほとんど食べなかったって聞いた。緑間っちたちの妖気に当てられたから当然と言えば当然だけど」
「妖気?」
「その話はまた今度。こんな寒い中にずっと居たらまた悪化するからもう部屋に戻って休んで、ね?」


確かに具合は悪かった。だから早く寝ようとしたのになかなか寝付けなかったので出歩いた。更に言うと体調は悪化していて身体がかなりだるい。鉛のようだ。黄瀬さんに言うと怒られるから絶対に言わないけど。未だ睡魔は来ないが寝れるなら今すぐにでも寝てしまいたい。それでも聞きたいことがある。しかし、とても優しい目で諭されてしまえば首を縦に動かす以外に選択肢はなかった。


「おやすみなさい」
「うん、おやすみ」


いくつか疑問を抱えたままとなってしまったがいつでも聞けるし別にいっかと納得させて部屋へと戻った。布団に入れば急に睡魔に襲われそのまま眠りに堕ちる。黄瀬さんが私を一秒でも早く部屋に帰らそうと必死になっていたことも知らずに、深く、深く。


第二章・二十二話(14'1001)
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