先日の外出は充実したものとなった。これも全て黄瀬さんからもらった髪飾りのお陰だ。それに屋敷の誰かと一緒ならいつでも出掛けてもいいそうなので、今度は侍女さんと買い出しにでも行きたいな。
と、今後について色々思い浮かべながら庭の掃き掃除をしていると敷居の塀にカラスが一羽が停まってきた。カラスは目を合わせると襲ってくるとか光り物を狙うなどと聞くのでなるべく見ないように顔を背け慌てて距離をとる。音を立てて刺激するのもよくないだろうとじっとしていれば、遅れてもう一羽カラスがやって来たので、いよいよ耐えきれなくなり部屋に逃げようと踵を返した時だった。


「あー!待って待って!」
「!?」
「俺たち怪しい奴じゃないから安心してよ、人間のお嬢さん」


後から来た方のカラスが羽を大きく広げてバサバサと羽ばたかせた。更に聞き間違いじゃなければ、カラスは言葉を話しているようでさっきから何かを叫んでいる。よりによって黄瀬さんは外出しているし、忙しい侍女さんたちを呼ぶわけにもいかないしどうすればいいのだろう。


「ってだから逃げないでってば!」


や、やっぱり喋ってる。今絶対に「逃げないで」って言った。ぐるぐると頭の中が混乱していく。


「か、カラスがしゃべ…!?」
「おい。怖がらせてどうする」
「いやー。引き留めるのに必死でつい」
「だからお前は駄目なのだよ」


もう一羽のカラスに注意され「わりーわりー」と謝るカラス二号(今決めた)。そっちのけで繰り広げられる会話は非現実的で、妖の世はカラスも言葉を操れるのかとむしろ感心する程だった。


「まーでもお目当ての子がすぐ見つかったわけだしそんな怒んなって」
「俺は別に怒ってなどいない。それにあの女が見たかったのはお前だけなのだよ」
「あの……」


突然言い合いが始まり戸惑いを隠しきれないでいると、咳払いをしたカラス一号が落ち着いた低い声で「黄瀬はいるか」と私に訊ねた。


「黄瀬さんなら朝から出掛けてますけど…」
「そうか」
「えっと、あなたたちは…?」
「俺たち?俺たちはね」
「……え、」


カラス二号の言葉を合図に二羽のカラスは、小さな体のどこにその質量が隠れているのか、影はみるみる人の姿へと形を変えた。
一つはかなりの長身で緑色の髪の男性。眼鏡のブリッジを押し上げ私を見下ろしている。もう一つは彼ほどではないがそれなりに背の高い男性。橙の瞳が特徴的で、目が合うとニコリと笑顔を見せた。
そして両者共に背中に生える真っ黒な羽。

「俺は高尾和成、よろしく。でこっちが」
「緑間真太郎だ」
「俺たちは隣の区域を担当する鴉天狗っつー妖で、緑間がそこの領主。黄瀬とは旧知の仲ってやつで今日はちょっとした用事で来たわけ。んで君の名前は?」
「あ、私は」

「言わなくていいっスよ」


ふわっと、後ろから何かに包まれる。肩越しに黄色い髪が見えて、それが黄瀬さんだと知る。いつの間に帰って来たのだろう。気配も物音もないから全く気付かなかった。彼らも同様に突然現れた黄瀬さんに驚いている様子。


「黄瀬」
「お久しぶりっスね緑間っち。それに高っちも。今日は何しに来たんスか?」
「いや〜、噂の人間の女の子を見に来たっていうか何つーか?」
「ふーん…。それにしても庭からなんて随分なご挨拶っスね」


ピリピリとした空気が肌を刺す。見上げた黄瀬さんの顔にいつもの優しさはなくて。


「そんな怒んなよ。本当にただ見に来ただけなんだって!な、真ちゃん」
「知らん。俺に振るな」
「…………」
「うわー…超こっち睨んでるよ」


高尾さんが苦笑いを溢す一方で緑間さんは物怖じせずこちらを見据えている。黄瀬さんは何をそんなに怒っているのだろう。心なしか私を抱く腕の力は強い。


「ふん、安心しろ。その女に危害を加える気は一切ないのだよ」
「そーそー」
「話があったのだが今日の所は一旦退く。帰るぞ、高尾」
「え?まじ?」
「じゃあな、黄瀬」
「ちょ、待てって!」


羽の音を立てて塀から飛び立つ緑間さん。それを追うように高尾さんも後に続いた。そうして姿が見えなくなってから腕は離れ、ようやく黄瀬さんの纏う雰囲気が元に戻り安心した。
優しい手が頭を撫でる。さっきの怖い黄瀬さんはもういなかった。

私を見に来たと言う黄瀬さんの友人、緑間さんと高尾さん。背中の羽は、人の形を模した人成らざるものの証。黄瀬さんも隠しているだけできっと似たような姿なのだろう。だとしても私は……。


痛む頭を和らげるようにそっと米神に触れ、彼らの姿を思い出してはこの感情に見合った言葉を必死に探しているのだった。


第二章・第二十一話(14'0108)
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