「初めまして。僕は黒子テツヤといいます」


やたらと影の薄いその男性は、私に丁寧に頭を下げて自己紹介をしてくれた。落ち着いた雰囲気を放つ黒子さんはもしや以前会話の中に出てきたクロコッチさんなのだろうか?


「あ、はっ、初めまして!名字名前です。よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
「黒子っちは俺の親友なんス。今日はたまたま街で会ったから呼んだんだけど、驚かせちゃったみたいでごめんね」
「いえ、平気です」
「ちなみに僕と黄瀬くんは親友ではありません。ただの知り合いです」
「ヒドッ!!」


やっぱり。彼はあのクロコッチさんらしい。確かに賢そうだし、説明役に向いてそうだ。それにしても何だか影が、薄い、ような。


「あっ、玄関で立ち話もアレですから奥間へどうぞ。お二人のお食事は既に整ってますから」
「その事なんスけど、サヨにもう一つ膳を増やして欲しいって伝えてきたくれないスか?」
「え、え?でも、膳は二つ、」
「それは俺と君の分。増やすのは黒子っちの分 」


つまり、三人でお昼を…ということだろうか。私がひとり戸惑っていると、黄瀬さんの背後からずいっと身を乗り出した黒子さん。


「お邪魔する僕が言うのもなんですが、貴女さえ良ければ一緒に食べませんか?」


どう返事をすればいいのか分からず二人の顔を交互に見れば、決定と言わんばかりに手を引いて歩き出す黄瀬さん。その後に着いてくる黒子さんも「決まりですね」と抑揚のない声でそう言った。

私はというと、彼らに気付かれないように苦笑いを溢した。屋敷の主と主の友人と食事を共にするなんて畏れ多いですね、はい。



▲▽



昼食を終えてすぐ黄瀬さんが席を外し、特に用事もないので黒子さんと世間話をする事になった。世間話と言ってもこの世界の勉強も兼ねて、いろいろ聞こうと思ってたりする。


「へえ。黒子さんは隣の区域を担当してるんですか」


失礼だけど、こんなぼんやりとしたヒトが一応一区域を担当している。赤司さんは、黄瀬さんの人柄で今の平穏が訪れたと言っていたし、彼には強さではなく区域を纏める何かが備わっているのだろう。彼の区域は静かそうだと何となく思った。


「と言っても僕はまだまだ半人前で力のない妖怪なので、争いなどは別の妖怪に頼んで止めてもらってます」
「別の妖怪?」
「はい。各区域にはその区域を担当する者に仕える妖がたくさんいます。彼はその中の一人です」
「何だか大きな組織みたい」
「似たようなものですね。僕らが赤司くんに仕えるのと同じで」


やはりヒエラルキーの頂点に立つのは赤司さんで間違いないようだ。その下に黄瀬さんや黒子さんを含む他数名。更にその下には彼らの部下たち。妖怪の世界にも格差があるんですね。


「おっと。それでは、僕はそろそろ失礼させて頂きます」
「え…でも黄瀬さんがまだ……」
「彼には伝えなくても大丈夫ですよ。僕の行き先など彼の区域にいる限りすぐに分かってしまいますから」
「わかりました。良かったら玄関まで送らせて下さい」
「ありがとうございます」


少し急いでる様子の黒子さんを見送るため玄関へ向かう。黄瀬さんに伝えなくていいと言ったが勝手に帰っても平気なのだろうか。しかし私に彼を止める術はないので黙って見送りに徹しよう。と納得させる。黄瀬さん、残念がるだろうな。


「お気をつけて」
「はい。お昼ご馳走さまでした。今度は僕の家に遊びに来て下さい」
「いいんですか?」
「もちろんです」
「わあ!ぜひお邪魔させて下さい!ありがとうございます」
「今から楽しみにしてます」


黒子さんは下駄を履くと丁寧に頭を下げ扉に手をかけた。ガラガラ、と古びた音の後に少し冷たい風が室内に入り込む。制服で、しかも薄着のままの私は身震いして体を抱き締めるように抱えた。太陽がないのが関係しているのか夕方になると極端に冷える。しかし黒子さんは平然とした様子で一歩外へ踏み出した。彼の水色が揺れる。


「それでは、また」
「はい、また」


開いた時と同じように音を立てて戸が閉まった。風の音が聞こえなくなり静寂に包まれる。寒さに震えていた体も徐々に体温が戻りつつあった。


「黒子っち帰っちゃったんだ」


後ろから声をかけられ肩が跳ね上がる。黄瀬さんが壁に寄り掛かって玄関を見ていた。い、いつの間に。気配が全く無かったから全然気付かなかった。


「黄瀬さん。たった今帰ったところです。惜しかったですね」
「何の話してたんスか?」
「あ、実は今度黒子さんの家に招待されまして、ぜひと答えさせてもらいました」
「黒子っちの家?へえ…」
「?」
「それ俺も行くから」
「はい。そうして頂けると嬉しいです」
「……………」
「黄瀬さん?」
「…何でもないっス」


歯切れの悪そうな黄瀬さんに首を傾げた。それから私たちは黄瀬さんの提案でお茶会の続きをすることに。甘いものがあまり得意ではない黄瀬さんの分も和菓子をもらい、私が淹れたお茶を美味しいと言って何杯も飲んでくれた黄瀬さんに嬉しくて胸が暖かくなるのを感じた。

この世界に来て出会った二人目の妖怪・黒子テツヤさん。ミステリアスな雰囲気を放つ方。黄瀬さんが慕っている友人のひとり。また会えたら嬉しいな。


第二章・第十九話(13'1007)
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