目覚まし時計がない生活はとてつもなく不便だ。陽が昇ると共に目が覚める、とよく聞くが、それは窓から太陽の光が差し込むからであって太陽がない妖の世ではそんなの全く通用しない。そしてアラームがない限り延々と眠り続ける私には非常に深刻な問題なのである。


「もう、11時……?!」


壁に掛けられた時計の短針は11を、長針はあと少しで12を指そうとしている。空は相変わらず薄暗く、(私の知る限りこの薄暗さはまだ朝方)だから私は早起きに成功したと思ったのだが、時刻を見て落胆。もうすぐお昼になりそう。どうして時計はあるのに目覚まし時計はないんですか。そしてどうして誰も起こしてくれないんですか。居候のくせに昼近くまで寝てしまうなんて何様だと思わたら。どうしよう。
と、とにかくまず着替えて当初の目的を果たさなくては!着物、は自分で着れないから制服でいいや。どうして目覚まし時計はないんですか。(二回目)



▲▽



「おはようございます!あ、いや、こんちには?!」


小走りして乱れた息を整え台所の引き戸を勢いよく開ける。突然現れた私に昼の準備をしていた侍女さんたちは驚いて振り返った。奥の方にいたサヨさんが包丁を置いてパタパタと近よってくる。彼女らと同様に驚愕に更に戸惑いを滲ませた表情で。
挨拶もそこそこ済ませ、肩越しに台所を覗く。コトコトとお鍋の蓋が鳴っているのをみると、まだお昼は出来ていない様子。
よかった、なんとか間に合った。


「突然驚かせてしまってごめんなさい」
「い、いえ。それは構いませんが…あの、昼餬でしたらもう少しお待ち頂ければお部屋までお持ち致しますよ?」
「あ!違うんです!私もお手伝いしたくて来たんです!本当は朝も手伝いたかったんですけど、寝坊してしまいまして…」


「あはは…」と何とも言えない気の抜けた笑い声で誤魔化すも、サヨさんはニコリと私に笑いかけ、「よく眠っておられましたものね」と嫌味の欠片も無く言った。
私が気付かなかっただけで部屋まで起こしにきてくれたのだろう。何をせずとも三度の食事と寝床を与えられるとは至れり尽くせりである。しかし私は恥ずかしさに顔を伏せ、寝坊してしまった先程の自分を呪った。


「そうですね…。名前さんのお気持ちはとても嬉しいですが、お客様に私共の仕事を手伝って頂くわけにはいきません」
「いいえ!居候の身ですので、何かさせてください!」
「しかし……」


一応、ここで私は『黄瀬さんの大事なお客様』として通っているようで丁重に扱われている。でなければ侍女の中でもそこそこ偉いサヨさんが世話係として私の身の回りのお世話をするはずがないのだ。何度断ろうがこれは黄瀬さんの命らしく、未だに続いている。
でも私も折れるわけにはいかない。こんなお姫様みたいな生活、平々凡々な暮らしをしていた私には窮屈だったりもする。しかしそんなこと面と向かって言える程の勇気は残念ながら持ち合わせていない。

だがサヨさんも仕事を任されている身として簡単には頷けないらしい。眉を下げて困っている。…何だか罪悪感が湧いてきた。彼女の背後では忙しなく動き回るいくつもの影。忙しいのに手を煩わせて私は何をしてるんだろう…。そう思うと部屋で静かにしていた方が彼女たちのためになるだろう。
そう思い引き返そうと頭を下げかけた時だった。


「あの、やっぱり……」
「分かりました」


大丈夫です。そう言おうとしたのに。


「お手伝い、お願いできますか?」
「…!はい!!」


私はあまりの嬉しさに廊下にまで響き渡るくらいの大声で返事を返したのだった。



▲▽



駄々を捏ねた私に与えられた仕事は二つのお膳を準備するというとても簡単なものだった。まず部屋を掃除してから座布団を二枚向かい合わせに置いて、その前に膳を用意していく。あとは食事を運ぶだけ。
多分これは黄瀬さん専用の膳なんだろうな。そしたらもう一つはお客様用なのかもしれない。


「次はこれを右手前に」
「はい。…よし!これで終わりですね」
「では次は玄関で涼太様を出迎えて差し上げて下さい」
「え?私が?ですか?」
「はい」
「え、ええー…、でも、私でいいんですか?」
「その方が涼太様もお喜びになるでしょうから。さ、そろそろお帰りになられますよ」


侍女さんに背中を押され廊下に出されてしまった。悩んだ末に迎えないわけにはいかないので、足早に玄関に向かう。すると玄関から何やら話し声が聞こえ、慌てて顔を覗かせる。


「黄瀬さんっ、おかえり、な…さい…」

「ただいま」


私の姿を捉えると黄瀬さんは笑顔になった。これじゃあ逆に私が出迎えられた気分だ。しかし、今はそんなことどうでもよくて。


「…どうも」


…だれ?


第二章・第十八話(13'0921)
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