妖怪は人間と違い身体が丈夫に造られており、寿命などはなく同じくらいの年に見えなくもない彼らは実は千を越える程の齢であるという話にはただただ驚いた。(それは黄瀬さんの話だけど結局のところ赤司さんは幾つなんだろう)実に信じがたい話ではあるがここでは普通なんだと心の中で言い聞かせる。


赤司さんのお屋敷からの帰り道。風が吹いて髪が靡く。見渡す景色は未だ見慣れない。それでも何度か通った道は嫌でも覚えてしまうもので。


(…そういえば、どうしてあの時)


ふと祖母の姿が浮かんだ。自分のことで精一杯だった私には余裕などなく、こうして祖母を思い出すのはとても久しぶりな気がした。
病気で亡くなった祖母はどうして生きていたのか。何故私は死んでいたのか。家に帰った日。それはまるで違う空間に来てしまったような、どこか知らない場所で迷子になったーーーそう、ここに初めて来た時のような孤独に押し潰されてしまいそうな感覚に似ていた。それはあの時既に私の帰るべき場所が違っていたから、私が死んでしまったからなのかは私には分からない。だけど、


(お祖母ちゃんが生きてるなら、それで)

私の命と引き換えに祖母が生き返ったのなら死んでしまっていた現実も素直に受け止められる。でも私が死んで悲しむ人がいるのは嫌だなぁ。二度と会えないからどうせなら忘れてくれた方がいいのに、なんて。


「名前?疲れたっスか?」


私の手を引く黄瀬さんは心配そうな表情をしている。いけない。考え事に夢中で話を聞いてなかった。


「ご、めんなさい。えっと、何の話でしたっけ?」
「難しい話で疲れた?って聞いた」
「あー…いえ、確かに疲れましたけど、大丈夫です」


夕飯の時間になる前に帰りましょう。にこりと笑えば黄瀬さんは納得のいかない様子で眉を潜めた。それでも遅くなるわけにもいかず、とりあえず歩を進める。


「俺で良ければ聞くっスよ」
「え?」
「何か悩みがあるんでしょ?」


一歩前を歩く黄瀬さんが背中越しに言葉を投げ掛ける。私の姿を消してくれているから手は繋がれたまま。近くに妖怪がいないのを確認し、ゆっくりと口を開いた。


「悩み、というか、お祖母ちゃんのことを考えてました」
「お祖母ちゃん?」
「はい。とても優しくて暖かい人です」
「名前はお祖母ちゃん子だったんスか?」
「はい。両親は共働きで、一人っ子の私の世話をしてくれたのがお祖母ちゃんだったから、特に懐いました」


祖母について、急に何を言い出すのかと思われたかな。誰だって赤の他人の話をされたらお世辞にも楽しいとは言えない。私自身、関係の浅い人間に話す内容ではないと分かっていても、彼を前にして不思議と話し出していた。話しやすいと思った。ほんも、不思議。


「私、ここに来た日が誕生日だったんです。あと、お祖母ちゃんの命日。帰って来たら日付は変わってなくて、でも私は死んだことになって何故かお祖母ちゃんが生きてて。どうしてかなーって、それをさっき考えてたんです。お祖母ちゃんに生きてて欲しいって望んだんですけど、それが叶ったのかなって」


黄瀬さんが息を呑む音がする。さらっと言い過ぎた?でも私は吹っ切れているから、もういいんだ。ちゃんとここで生きてるから。


「寂しい?」
「……少しだけ」
「…そう」
「でも黄瀬さんがいるから平気です。強いて言うならおめでとうって言って欲しかったかな」
「…そっか」


私はいつか大切だった人の顔や声を思い出を忘れ、嘘みたいな世界でこのちっぽけな命を終えるのだろう。ここではあまりに儚すぎるけれど、その時に私を想って泣いてくれる人がひとりでもいたらいいなって思うんだ。


「遅くなっちゃったっスけど、誕生日おめでとう、名前」
「!!」


それで、死ぬ時にはこの世界も悪くないねって言えるくらい好きになれたらいいなって、そう思うんだ。


第二章・第十七話(13'0907)
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