それから数日はサヨさんという名前の侍女さんに看病をしてもらい、五日目にしてようやく風邪は完治した。黄瀬さんはその後も何度か様子を見に部屋を訪ねに来てくれていたのだが、彼も忙しいのだろう。あまり長居することなくどこかへ出掛けていくばかりで彼とはあまり話を出来ずにいた。



充分過ぎる程に睡眠を貪り早く起きてしまった私はせっかくなので屋敷内を覚えようと部屋を出ると、私に用があってやって来たと言うサヨさんに出くわした。屋敷内は自由にしていいと主である黄瀬さんから許可を得てはいるものの、居候の身として勝手に出歩くことは憚られ、誰かに案内を頼もうと思っていたので顔馴染みのサヨさんに会えたことに少しホッとした。
挨拶もそこそこに、彼女の持っていた着物に視線を落とす。それは淡い桃色の生地に施されている刺繍がとても綺麗な着物だった。誰か偉いヒトの着物だろうかとそれを眺めていると、サヨさんは着物を有無を言わさず私に着せ始める。当初の目的を達成出来ないまま、強引とも取れる彼女の行動に翻弄されるばかり。まさか私に着せるための着物だったなんて。
慣れない着物は動きづらく腰の辺りが窮屈だが初めて着る華やかな衣装に私の心は年甲斐もなく弾んでいた。


「涼太様、お連れ致しました」
「ありがとう。入っていいっスよ」


サヨさんが障子越しに声をかけると間を空けずに返事が返ってくる。どうやら部屋の一角に連れてこられたらしく、中にいるのはまず間違いなく黄瀬さんだろう。だって涼太様って言ったし。


「失礼致します」


彼女の手により戸が引かれる。そこまで広くはないが、落ち着きのある和室。タンスと棚、押し入れがあって、一つだけある窓からは手入れされた庭が見える。その部屋の中央に、黄瀬さんは座っていた。朝なのに少し暗い部屋の中で金色の糸が光って見える。


「おはよう」
「お、おはようございます」


この屋敷の主を前にしてか、はたまた慣れない着物を着ているからか、緊張して声が小さくなってしまった。
しかし彼の耳にはしっかり届いたようで、金の瞳に私を映すとスッと目を細めて微笑んだ。そのあまりの美しさに顔が赤くなるのを感じた。彼の抑えきれない色気は、少しばかり朝からは刺激が強すぎる。これも妖怪の力だったりするのだろうか。


「すっかり良くなったみたいっスね」
「黄瀬さんと、サヨさんの看病のお陰です。ありがとうございました」


そして深々と頭を下げる。今一度お礼を言いたかった。


「どうしたんスか?」
「看病して頂いたこともそうですが、見ず知らずの私を黄瀬さんのお屋敷に置いて下さって本当にありがとうございます」
「見ず知らず、ね…」
「?」
「いや、何でもないっス。そのことなら君が熱に浮かされてた時に何度も聞いたよ」
「いえ、改めてお礼をさせてください。行き場のない私に居場所を与えてくれたこと、心から感謝しています」


こうして住む場所が無ければ私はどうなっていただろうか。恐怖に打ち震える身体をぎゅっと抱きしめ、枯れない涙を流し続けていたかもしれない。そう思うと、誰かが近くにいてくれる安心感は私の押し潰されそうな心を軽くしてくれるのだ。


「顔を上げて、名前」


ゆっくりと、言われた通り顔を上げる。優しい表情をした黄瀬さんはそっと私の頬に触れた。


「俺はね、君には平凡に暮らしてもらいたいんス。この世界はとても理不尽で、また涙を流すことだってあるかもしれない。君に優しい世界ではないけれど、いつか名前にもこの世界を理解して欲しいと思う」
「黄瀬さん…」
「名前が笑ってくれる。どんなお礼の言葉よりそれが一番嬉しいっス」


ああ、本当に。目頭が熱くなって咄嗟に目を閉じて、顔に力を入れて泣かないように努めた。

たくさんのものを与えてくれる彼に、私は一体何が出来るだろうか。


第二章・第十四話(13'0810)
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