「精神的疲労・栄養失調・睡眠不足による風邪っスね」
「…ゴホッ」


私は本物の馬鹿だ。生きる気力を取り戻した途端に風邪を引くなんて。だが、よく考えてみれば食事は摂らない睡眠時間は極端に短い加えて疲労蓄積と、風邪を引く要素は十分揃っている。体力の低下も著しく、誰かの手を借りなければ布団から起き上がることさえままならない。
風邪なんて滅多に引かないから余計に辛くてしんどい。かなり熱が高いようで頭がぼーっとしている。視界は霞んでいて私を顔を覗き込んでくる黄瀬さんの表情までは認識出来なかった。


「大丈夫っスか?」
「だいじょぶ、じゃないです…」
「そりゃそうっスよね。顔凄く真っ赤だし。寒くない?」
「はい…」
「そ。良かった」


汗で貼り付いた前髪をよける際、額に触れた黄瀬さんの指先がひんやりしていて、その冷たさに目を閉じる。温かいと感じた彼の体温が冷たいと感じてしまう程、私の身体は熱くなっているようだった。


「医者がいれば良かったんだけど…」


風邪を引くのは人間だけに見られる症状で、人間でない彼らは病とは縁のない生活をしているから、医者はいないし薬なんてものは一つもない。だから人間の風邪には対処出来ないのだと言う。野草を煎じれば薬の代わりになるものはあるみたいだが、そういった野草は極稀にしか採れず貴重なものとして扱われることが多いんだとか。


「辛いっスよね。ごめん」
「…?、どうして、黄瀬さんが謝るんですか。黄瀬さんは、何も悪くないです。わたし、これでも丈夫な方ですし、きっとすぐ良くなりますから」


心配させないように笑みを作る。説得力のない弱々しい笑顔だろうけど、今の私にやれるのはなるべく迷惑を掛けないようにすること。食欲も以前のように無いわけではないから大人しく寝てればすぐに治るはず。


「だから、黄瀬さんは、ご自分の仕事に戻って下さい」


きっと彼は自分の時間を裂いてまで私に付き添ってくれているのだろう。付き合いでは浅いけれど黄瀬さんの優しさは痛いくらいに感じている。しかし、私を預かったからといって変に責任を感じる必要は全然ないんだ。これは私の自己責任であり、黄瀬さんが負い目を感じるところではない。


「俺の心配してくれるの?優しいね」


だけど、やっぱり黄瀬さんは優しいから。罪悪感とか関係ないって言うだろう。


「あ、の」
「大丈夫、やることはちゃんと終わらせるから。でも、君が眠るまでここにいるよ」
「黄瀬さん…」


どうやら黄瀬さんは私が眠るまで動く気はないらしかった。

明日から君の世話は侍女に任せるから。という声は微睡み始めた意識の中ではくぐもって聞こえた。やがて重力に従って徐々に瞼が降りていく。


「君にとって、この世界が優しい世界でありますように」


彼が何を言ったのか聞き取ることは出来なかったけれど、頭を撫でてくれる手の感覚だけがやけに鮮明だった。


第二章・第十三話(13'0718)
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