「私には、もう居場所がないんです」


黄瀬さんの腕の中。私はぽつぽつと言葉を紡ぐ。それはあまりにも弱く、消え入りそうなものだった。


「弱い私には、生きていく術が見つけられないんです」


ここに来てからずっと不安定な足場に立たされてる気分だった。掴むものが何もなくて、その中で自分という形を保つのに必死になって、それが自らを苦しめているということに気付かなくて。


「この先、生きてたって良いことなんかきっとないです。でも、死にたくなくて、帰りたいから、…何度も手を伸ばした」


暗闇に手を伸ばし、いつか誰かが掴んでくれることを願った。矛盾していることぐらい私が一番分かっている。でも、誰でもいいから孤独という恐怖から助けて欲しかった。

そんな手を黄瀬さんは何度も握ってくれた。彼はいつだってわたしを見つけてくれる。初めて迷い込んだ時も居場所を失った時も、今だって、そう。私を支えてくれる大きな手。


「黄瀬さんが、生きていて欲しいなんて、言うから」


彼は私に生きていて欲しいと願う。たとえばそれが残酷な言葉だったとしても、彼の言葉が確かに私を救ってくれたのだ。


「まだ生きていたくなった…っ」


彼の抱き締めてくれるこの腕が、一人じゃないよと教えてくれる。
黄瀬さんの優しさが、暖かさが、私を縛り付ける鎖を一つずつほどいていく。軽くなっていく身体。止めどない涙が溢れた。


「名前は生きてていいんスよ。生きていく意味や理由なんてもう探さなくていい。生きていく術が分からなくなったら俺が教えてあげる。居場所がないなら、俺が居場所を作ってあげる」


黄瀬さんの言葉がすとんと胸に落ちてくる。どうしてそこまでしてくれるんだろう。迷惑ばかりかけているのに、どうして彼はそこまで言ってくれるんだろう。


「どうして、そこまでしてくれるんですか」


私は人間の小娘だ。生きる世界が違うのに、彼がそこまでする必要はない。
ようやく身体を離した黄瀬さんは、ただ静かに微笑んで私の頭を撫でた。その笑顔が何を意味するのか彼の真意を理解することは出来ないが、彼の言葉に偽りはない。それだけは分かる。


「今からここが君の家だよ。孤独や不安、恐怖に怯えるのはもうおしまいっス」


そう言って目尻に溜まった涙を長い指が拭う。また零れそうになるそれを、頬を伝う前に袖で目元を押さえた。


「ありがとう、っございます」


今までたくさんたくさん泣いたから私はもう泣かないよ。強くなる。負けない。死ぬことなんて二度と考えたりしない。不安定でも、自分の足で歩けるようになりたいから。


「これからよろしく、名前」


私は彼に与えられた居場所で、黄瀬さんの手を掴みようやく不安定な足場に立つことが出来たのだった。


第一章・第十二話 二つの世界 完(13'0709)
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