腕の中で泣き疲れて眠りに堕ちた少女を起こさぬように抱き上げる。驚く程軽い身体に、彼女がまともに食事を摂っていないことを思い出した。とにかくいまは一刻も早く布団に寝かせてあげなくては、と黄瀬は赤司の下へ急いだ。 「寝顔は幼いな」 ずっと彼女のことを見つめていた赤司は、林に着くなりそう言った。同意を示すため、小さく頷く。 「そっスね」 泣きじゃくる姿を見たとはいえ、彼女は基本的に物静かだと思う。だがそれは知らぬ場所に放り出されたことから単に強がっていただけであって、無防備に安心して眠る様は年相応かそれより下にしか見えない。 白い頬に残る涙の痕。結局、彼女を黙って帰すことは彼女を余計に傷付け泣かせただけだった。あの時全てを話していれば、こんな風に泣かせずに済んだかも知れない。そう思うと自分の行動がひどく悔やまれる。 「人間である彼女がこちらに来たとなると、今後について詳しく話し合う必要があるな」 「あの、赤司っち」 「何だ」 「この子、うちで預かってもいいっスか?」 ここは妖の世界。人間の少女が暮らすには不都合が多すぎる。安心して寛げる居場所が無ければ、彼女はこの不条理な世界で数え切れない程の涙を流すだろう。黄瀬はそれだけは何としてでも避けたかった。 「別に構わないよ」 「ありがとう、赤司っち」 ようやく黄瀬の屋敷に着き、赤司とはここで別れることになった。玄関まで出迎えに来た従者に客間に布団を設えるよう言い付ける。それじゃあ、また。軽く会釈をして背を向けるが、「黄瀬」赤司に名を呼ばれたため足を止めて振り返った。 「一つ、聞いてもいいかい?」 「?何スか?」 「何故彼女のためにそこまでする。さっきもそうだ。必死になってまた扉を繋げて欲しいなど、涼太らしくない」 こっちに戻ってきてすぐまた扉を開いて欲しいと赤司に懇願した。何も考えずに衝動的に行動することはいままでも少なくはないけれど、あそこまで必死になることは滅多に無いだろう。彼が疑問を抱くのは当然のことだった。そこで黄瀬は考える。俺らしいとは一体どんなことなのだろう、と。 「……独りは、寂しいっスから」 ただ、あの時思ったのは、名前が一人で泣いてるんじゃないかと考えたら居ても立ってもいられなかった。ただそれだけが黄瀬を突き動かしたのだ。 まるで自分も経験したような黄瀬の悲痛な表情に、赤司は何も言わなかった。 「………」 「あとは、そうっスね。この子が気に入っちゃったんです」 「面白い冗談を言う」 「じゃ、冗談ってことにしておきましょう」 だからこれ以上は詮索するな、という線引きの意を込めて曖昧に笑う。過去なんてとっくの昔に捨てているんだ。だから今更そんなものわざわざ掘り起こす必要も、思い出す必要もない。千年も前の記憶なんて。 「…………」 それでも、ずっと君に会いたかった、なんて言ったら、君はどんな顔をするだろうか。 第一章・第十話(13'0623) |