「あまりよく覚えてませんが、おそらくこの辺だったと思います」
「そのようだね。微かだが君の匂いがまだ残ってる」


私たちは林の中にいた。この林はうろ覚えながらも私がこの地に堕ちて最初に居た場所で、出来れば二度と来たくなかったけれどここから帰ることが出来るらしいので、あくまで仕方なく訪れたのである。青白い光に忘れていた恐怖や寂寥感が私を襲う。胸の前で作った拳を強く握り、不安を振り払うように首を横に振った。黄瀬さんは一言も喋らず私の後ろを歩いている。


「それじゃあ扉を繋げるよ」


そう言って赤司さんが手を翳した瞬間、空間がぐにゃりと歪んだ。目が廻って吐き気がする。立っていられなくてその場に倒れそうになる私を黄瀬さんが支えてくれた。そのまま目を固く閉ざし気持ち悪さに耐える。少しの浮遊感のあと、空気が変わったのを感じた。


「着いたよ」


ゆっくり目を開けると、そこは私の家の近くにある小さな公園だった。陽は沈み子供の姿は見当たらない。ひとまず帰ってこれたことに胸を撫で下ろす。先程までの怠さや気持ち悪さは無い。


「帰ってこれた…」
「そのようだな」
「あの、…色々とご迷惑お掛けしました」
「いや」
「黄瀬さんも、色々善くしてくれてありがとうございました。嬉しかったです」


私が諦めずにいられたのは間違いなく彼のお陰だ。黄瀬さんに見つけてもらえて、ほんとによかった。貴方がいてくれてどれだけ心強かったことか。心を開くまで仲良くなれなかったのは残念だけど、仕方がないことなんだろう。


「別に、俺は…」
「あと、ごめんなさい」
「え?」
「いえ。何でもありません」


怯えてごめんなさい。信じられなくてごめんなさい。伝えたいことはたくさんあるけれど。


「私はもう行きますね。本当にありがとうございました」


深々と頭を下げ、踵を返し二人に背を向け歩き出す。一歩、二歩と徐々に距離が出来ていく。彼らに出会えたことは奇跡だったんだと思う。とても優しい人たちだった。同じ人間として出会えたらよかったのに、なんて。


「名前」


名前を呼ばれ、振り返る。私を呼び止めたのは黄瀬さんだった。初めて名前を呼ばれた気がすると頭の片隅で思いながら、とてもツラそうな顔をしている黄瀬さんから目を離せないでいた。何が彼をそうさせているの。見ていられないくらいツラそうだ。


「……何でもないっス」
「……変な黄瀬さん」
「涼太、そろそろ帰ろう」
「っス」


また空間が歪む。少し距離があるからか、今度は平気だった。せっかくだから最後に彼らを見送って帰ろう。


「名前」
「?」
「…僕たちは君が戻ってくるのをいつでも待ってるよ」
「そんな縁起でもないこと言わないでください。お二人とはまた会いたいですけど、出来れば違う場所で会えたらなって思ってます」


きっと、不可能だけど。とは言わない。二人だってそれくらい分かってるはずだから。
どんどん二人の身体が透けていく。普通の人には見えない光景。


「お気を付けて」
「ありがとう」
「さよなら」
「ああ。またな」


もう一度頭を下げる。そして顔を上げた時、黄瀬さんと目が合った。私を見つめる表情は変わらず悲しい顔をしている。一緒に帰る方法を探してくれたのは黄瀬さんなのに、どうして、そんな目で私を見るの?

行かないで、って言ってるみたいだよ。


第一章・第八話(13'0609)
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