36

長かったようで過ぎてしまえばあっという間に感じられた三年間の中学生活が、今終わりを告げようとしている。今年の桜の開花時期は例年より少し早く、三月の中頃だというのに既に満開に咲いていた。
泣くかな、と思ったけれど、涙は出なかった。もちろん淋しいし悲しいけれど、卒業とはそういうものだ。永遠に別れるわけじゃない。それに私たちはこの先の大会で必ず会えると信じている。十年に一人の逸材が五人同時に集まったのが偶然ではなく必然ならば、再会もまた必然。バスケに携わっている限り、私たちの運命は螺旋のように絡まるのだ。
三年間、悲しいことツラいこと苦しいことはたくさんあったけど、それ以上に楽しくて幸せな毎日だった。きっとこの思い出は色褪せることなく私の中で輝き続け、時に勇気となるのだろう。


「名前」


ふわり。すっかり暖かくなった風が通り抜けてゆく。耳を撫でる心地よい声の持ち主は、別れる前よりも髪を乱した状態で苦笑をこぼした。ファンの子に持っていかれたのかブレザーのボタンは一つも残っておらず、さっきまで中央で存在を主張していたネクタイさえ見当たらない。熱狂的なファンにもみくちゃにされたのは一目瞭然である。いつまでもボサボサのままなのも可哀想なので整えてあげようと伸ばした手は、金色に到達する前に彼の手によって遮られた。熱い手だった。ここまで急いで来てくれたのかもしれない。黄色い双方が私を射ぬく。いつになく真剣な眼差しに、私の心臓が震える。


「名前に、話があって」


手首を握ったまま下ろされ、きゅっと軽く力が籠められる。よく通る元気な声は今は少し掠れていて。突然改まってどうしたのだろうか。私の目には涼太がとても緊張しているように見えた。そのせいか私も緊張してきて喉の奥に渇きを覚える。依然風は穏やかに私たちを包み込む。私の髪と、涼太の髪。どちらも緩やかになびいた。


「まずは、卒業おめでと」
「ありがとう。涼太も卒業おめでとう」
「ありがとう」
「あっという間だったね」
「ほんとっスよ〜」


涼太にとってもこの三年間はかけがえのない宝物になっただろう。マンネリ化した人生を抜け出せたこと。何より青峰との、バスケとの出会いは彼に新しい世界を見せてくれた。本当の笑顔を与えてくれた。それがどれだけ嬉しかったなんて、きっと涼太は知らないのでしょう。


「ほんと名前には助けられてばっかだったっスね」
「そんなことないよ。いつも迷惑かけてばっかりで、私こそ涼太には助けられてばかりだったよ」
「…名前が気付いてないだけで俺は名前の笑顔に何度も救われてきた。名前が泣いてるとツラいし、出来るなら俺が名前を笑わせてあげたい」
「………」
「全部名前だから、そう思うんス」
「涼太…」
「傍にいて欲しいと思うのも、名前だけ」


それは私もだよ。貴方がいてくれたから頑張れたんだ。私だって同じ気持ちだよ。
涼太の頬が赤く染まっている。それが何を意味するか分からない程鈍感ではなかった。


「…私も、」
「……」
「私も涼太に傍にいて欲しい。ううん、私が涼太の傍にいたい。この先も、ずっと」
「名前」


もう何度目かも分からない抱擁。でも今は凄く幸せで、許されるならずっとこのままでいたいと思ってしまうくらい。どうして今まで気付かなかったんだろうか。気付いただけでこんなにも想いが伝わってくるのに。私たちは意味もなく遠回りをしていたんだね。


「自惚れて、いいんだよね?」
「それ、私の台詞」
「…いいに決まってる」
「私もだよ、りょーちゃん」


校庭の隅で堂々と抱き合う。誰かに見られてもいい。噂されてもいい。涼太がいてくれれば、もう何もいらない。


「海常を、俺を選んでくれてありがとう」


涼太の顔が近付いてきて、私はそっと目を閉じる。色んな思い出が一瞬にして頭の中を駆け巡った。桜の木は相変わらず優しく私たちを見下ろす。さようなら。体育館、校舎、通学路に別れを告げる。名残惜しさはない。ここでまた新たな物語が始まるのだから。


「好きだよ」


そして、二つの影は静かに重なった。


13'0505 中学編 ー終ー
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