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「私も海常に行きたい」

そう伝えた私を、涼太は「ありがとう」と泣きながら抱き締めた。ずっと誘わなかったのには理由があって、私の意思を尊重したかったから、らしい。無理矢理じゃなくあくまで自分のことを私の意思で選んで欲しかったのだと言う。昔はすぐ駄々を捏ねて周りを困らせてばかりだった幼馴染みの成長に感動したのはまた別のお話。






年が明けてようやく本格的に受験勉強スタート。遅れた分を取り戻す為に昼夜問わず勉強漬けである。担任には「やっぱりそう来ると思った」みたいな顔をされ些か怒りを感じたものの、私の学力でなら安全圏だと聞いた瞬間そんなものはどっかに吹っ飛んだ。しかし『万が一』という言葉があるように、本番で何が起こるか分からないので一応勉強しようという結論に至った。


「名字の学力なら勉強は必要ないと思うが」
「いや、人事を尽くすべきなのだよ」
「名前ちんお菓子ある?」
「紫原っち、さりげなく名前の隣座らないで欲しいっス」
「私立は都立より受験日ちょっと早いんだよね。嫌だな〜」
「スポーツ推薦って最高だな」
「あの、君たちうるさいんですけど」


だが私の周りに群がる衆のせいで勉強が捗らない。私とさつきの受験勉強を手伝ってくれている赤司くんと緑間くんはいいとして、問題はその他である。涼太、青峰、むっくん。コイツらは邪魔しに来たとしか思えない騒ぎっぷりだ。図書室は混んでるからと教室で勉強しようとしたのが間違いだった。うるさい。ほんとにうるさい。


「でも名前。勉強なんてしなくても俺が頼めば特別入学させてもらえるっスよ?」


しれっと凄いこと言ってるけど何だその『特別入学』って。


「何そのセコい技」
「スカウトの力っス!」
「いや、普通に考えて駄目でしょ」


入学する条件に《名字名前の入学を無条件に許可すること》と提示でもするつもりだろうか。ざけんなだったら筆記で入学するわ。ちぇーっと唇を尖らせる涼太の頭をポンポンと撫でる。内容はどうあれ私の為を想って言ってくれたことに変わりはないので、それはほんの細やかなお礼のつもりだったのだが、余程嬉しいのか目をきらきらさせて「名前ー!」と叫びながら抱き着いてきた。


「さつきは…えっと、とうおうがくえんに行くんだね」
「馬鹿っぽ」
「うっさいわ青峰ぇ!」
「桐皇学園はここ数年スカウトに力を入れてる学校らしいの」
「へぇ」


聞いたことない学校名だけど、青峰は何でそこに決めたんだろう。ここは練習しなくていいよって言ってくれたとこなのかな。何にせよさつきがいるんだ。まずサボらせたりしないだろうけど。


「むっくん京都に行っちゃうんだね」
「京都は俺だ」
「あ、間違えた秋田だ」
「どうすれば京都と秋田間違えるんスか」
「そうだよ〜」
「うう…二人とも遠くに行っちゃうなんて淋しくなるなぁ」
「名前には俺がいるっスよ!」
「試合で会えるさ」
「うんうん(サクサク」
「そっか…そうだよね!」
「無視?!」


赤司くんとむっくんは地方の高校に行ってしまうのでなかなか会う機会がなくなるのはとても淋しい。でも赤司くんの言うように試合で会えるかもしれないから、そう思うとちょっとだけ元気出た。隣できゃんきゃん吠えてる涼太を軽くスルーしてむっくんに飴を渡す。ああ、餌付け出来るのももうあと少しか。


「しかしお前もよくやるな。わざわざ東京を出て海常を目指すとは」
「だって涼太ってば私がいなきゃ何にも出来ないって言うからさ」
「うっス!」
「え、そこ元気に返事するとこ?」
「俺の為に健気について来てくれるとことか、ちょう可愛くないっスか?あ、緑間っちにはあげねーっスよ。名前は俺のなんで」
「ふん。別に欲しいなど誰も言ってないのだよ」


頬をすり寄せてくる涼太を真っ赤な顔で押し返し、私は緑間くんに数学の問題を尋ねる。相変わらず数学は苦手でいつも彼に教えてもらっていた。数字を辿る指先は相変わらずテーピングが巻かれていてちょっとだけ笑ってしまった。不服そうに眉を潜める緑間くん。彼も同じように恒例の勉強会がなくなる名残惜しさを感じてくれてればいいな。

ふと、ここに黒子くんがいたらもっと楽しかったのにと思った。この前たまたま廊下で会って、彼の口から都内の高校を受験することを聞かされた。新設校らしく、自分たちが二期生になるんだとか。「高校でもバスケやるの?」という問いに、どこか遠くを眺めながら「分かりません」と答えた時の黒子くんは未だに私と同じ悩みを抱えているように見えた。別れ際、またみんなでバスケやろうねという意味で放った「またね」は、彼に伝わっただろうか。


「桃井、ここ違う」
「えっ!また間違えちゃった〜」
「もっと綺麗に食べるのだよ紫原」
「ミドチンも食べる?」
「いらん」
「ああーねみぃ…」
「名前!今日の夕飯は俺ん家に食べおいでよ!」
「いいの?行く行く!」


きっと彼らはこの先変わらないし、私たちの関係もずっとずっと続いていくのだろう。もちろんその中には黒子くんもいて、今みたいに楽しく笑い合ってる姿が見えた。

受験を終えたら、もうすぐ春が来る。


13'0419
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